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老人の誘い
春子は一日の内に、東京で唯一人、現役女子高生の身で大金持になった。しかし、その生活はまったく変わらなかった。一週間経ったが、相変わらず、学校の裏庭にある大きな木の下で、ぼんやり空を仰いでいる。西の空には、もう一番星の金星が輝き始めている。
すると、また、いつのまにやって来たのか、彼女の前に立っている老人の存在に気が付いた。
「おい、おまえ、金はどうした。全く、使ってないではないか。まさか、老後に備えて貯金だとは言わないな。」
老人は勢い込んで聞くが、春子はニヤリと笑う。
「言わないわよ。私だって、年頃の女の子よ。やりたいこと、買いたいもの、食べたいもの、一杯あるけどさ。たかが、一億円ぽっちじゃ、すぐに使い切るわよ。それに、そんな贅沢覚えたら、人間として堕落するし、残りの長い人生がダメになる。かと言って、将来の夢がないから、行きたい大学とか専門学校の入学金とか授業料なんかに使う気もないし。そもそも、私だけ幸せになっちゃ、孤児院の仲間に申し訳ない気がしてさ。悩んじゃうのよね。」
「偉い、気に入った。今どきの若者にしては、よく人生を考えている。
よほど、苦労したに違いない。」
「まあね。」
春子は、幼い頃、孤児院で年上の者からいじめられ、大きくなったら大きくなったらで、年下の者の面倒を見ることを院長に強要されていた。 ちょっとでも、失敗をしたら折檻される。年下の者の失敗も全部春子の責任となる始末だった。
優しいのは食堂のオバチャンだけだった。まあ、学校でも、似たようなものであった。春子は、自分の美貌が憎くなる時があった。
「それでは、この百億円が入っているカードをおまえにやろうかな。」
老人は、長財布から金色に輝くカードを取り出した。
「マジっすか。」
春子は立ち上がり、ライオンがシマウマに襲いかからんばかりにカードを受け取ろうとしたが、老人は見かけによらずヒラリとかわす。
「そう、慌てるな。試験を受けてもらおう。試験に合格したら、この
カードをプレゼントしよう。では、付いて参れ。」
「はいっ。」
春子は即答し、疑うこともなく、老人の迎えの白い高級車に乗り込み、老人の屋敷へと向かった。
不思議なことに暫く都心を走っていたら、急に強烈な睡魔が遅い、深い眠りへと落ちた。
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