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春子の想い
「おい、起きろ。」
老人の声に眼を覚ますと、春子は学校の裏庭にある大きな木の下で、ぼんやり空を仰いでいたではないか。西の空には、これでもかって、一番星の金星が輝いていた。
「何故じゃ。『私だけ幸せになっちゃ、孤児院の仲間に申し訳ない気がしてさ。悩んじゃうのよね。』って、言ったよな。それならば、孤児院の仲間が全員死んだら、何の気兼ねもせずに、百億円を手に入れることができるではないか。好きに使えるぞ。」
「ふざけるな。孤児院の仲間だって、みんな夢があり、輝く未来が待っている。そもそも、人の命は金では買えない尊いものなのよ。そんなことして、手に入れたお金で、幸せになんかなれない。この馬鹿野郎。」
春子が老人に延髄蹴りを喰らわそうとしたとき、思わぬ邪魔が入った。
「やめなさい。」
食堂のオバチャンだった。
「えっ、死んだはずじゃなかったの。」
春子は狐に化かされた気分だった。
「何、馬鹿なこと言ってんの。夢でも見たんじゃないの。この人から、あんたが自殺を考えているって電話があったから、心配になって飛んで来たのよ。大丈夫。」
「えっ、あっ、うん。大丈夫。」
春子も、夢でも見たに違いないと思った。
『考えてみれば、この平和な日本であまりにも馬鹿げている話だ。そもそも、あの鬼より怖い院長が子どものために命を投げ出し、土下座するなんてありえねえ~。』
春子はクスリと笑ってしまった。
「何だい、気持ち悪い。」
「何にも~。さあ、帰ろう。お腹すいた。」
春子が、食堂のオバチャンと本当の親子のように腕を組み、去って行く姿を見送る老人は、実に満足げであった。
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