苔の箱庭

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苔の箱庭

b010292d-0d27-4da5-8640-48dc963ac81b  今年のキヨの箱庭は、朽ち果てた木の皮や、森からそのまま運んで来た苔の寄せ集めで、その隙間に買って来た苔を植え、どの一部を見ても大自然そのもののようだった。  赤い小さな苔の花を見つめながらキヨはひとり言みたいに語った。 「こんなに小さいのに、ちゃんと花が咲くって、すごいよ。メイの心の中みたいだ。メイは子どもだけど、心の庭にきっと、こんな赤い花が咲いている。箱庭の神さまはね、僕にいろいろ教えてくれる。そっと、そっと、そっと触らなくちゃいけない。本当は触っちゃいけない。壊れやすいんだ。それなのに僕は、時々、メイの心を踏み荒らしたりして乱暴しちゃう。ごめんなさい。わかってるんだ。エリックにも注意された。大切にする。メイをもっと大切にする。」  私は今年、心がゴチャゴチャで、まだ箱庭を作れていなかった。キヨは自分の家にも私の家にも箱庭を作っていた。私はキヨの苔の箱庭に深い魅力を感じていた。  小さな植物の共演する世界は、私たち子どもの想像力をかき立てた。苔たちは、小さいながら成長し、花をつけ、やがて枯れたり、いつの間にか増えたり、繊細ながらたくましい生命力に満ち溢れていた。  塩崎先生はキヨに伝えた。 「メイは明日から、学校が終わったら真っ直ぐエリックのお母さんの車でエリックといっしょにエリックの家に行ってピアノを練習する。キヨはメイのお母さんに頼んでウチまで送ってもらうから、夕方まで1人でピアノの練習をしてなさい。僕は仕事の帰りにメイを迎えに行って、ここへ戻って来る。それから少しメイとキヨで遊んでからメイの家に夕食に行こう。」  キヨはギョッとした顔をした。それは誰の考えなのだと聞きたそうに私と先生の顔を見比べていたが、少し考えてからキヨはこう言った。 「わかった。僕は自分で走って学校からここまで帰って来る。車で送ってもらわなくていい。その方が途中で川や公園に寄れる。いろいろな街を通るのも楽しい。運動になるし。いいでしょ、パパ?」 「いいけど。学校からウチまで7㎞はあるよ。2時間以上かかるんじゃないかな?」 先生は心配そうにキヨを見た。 「いいんだ。何時間かかっても。そのうちいつか学校からメイといっしょに歩いて帰りたいと思ってたから。途中で休める場所とかトイレがあるところとか、面白そうな場所やステキな場所を調べておくんだ。だって早くウチに着いたって、どうせひとりぼっちなんだし。」 キヨは私の顔を見ながら肩をすくめて言った。 「1人だからってダラダラしないでピアノと勉強するんだぞ。」 先生はキヨの頭をガシガシと触った。 「さあね!」 キヨは大人っぽく苦笑して、はぐらかした。
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