温泉ホテル

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温泉ホテル

 お正月に、みんなで温泉に泊まりに行った。私の家族と塩崎先生とキヨ、それにチョの家族も一緒に行った。チョには中学生のお兄ちゃんがいた。チョのお父さんは、私とキヨがもうすぐ受験する某教育大学付属小学校の先生だった。  私の父は市役所に勤めていたが、何か教育関係の仕事をしているらしかった。私の父とチョのお父さんは30代後半だったが塩崎先生は25歳位だった。先生が大学生の時からキヨを育てていたという話は聞いたことがあるけれど、詳しいコトを知ったのは私が大人になってからだった。  大きな温泉ホテルで、私の父の発案で、子どもは子どもだけで一部屋に泊まることになった。父たち男は男同士の3人部屋。母とチョのママは女同士の部屋。  チョのお兄ちゃんは子ども部屋の『先生』役だった。その時、初めて知ったのは、チョは苗字だったということ。お兄ちゃんはスンミンで、弟はミンジェという名前だった。  スンミンは空手が得意だと言った。ものすごく身軽でホテルの誰もいないところで、勢いをつけて走って壁を駆け上り天井から身をひるがえして着地したりして見せてくれた。二階の窓から平気で飛び降りるとか、橋の欄干を端から端まで走って渡るとか言った。  ミンジェは優しくおとなしい雰囲気だが、スンミンは快活で元気いっぱいな感じだった。スンミンはふざけて私を抱っこして高く放り投げて受け止めたりした。  みんなで子ども用の甚平に着替えて大浴場に行った。私はまだ小さいから一緒に男湯に入った。スンミンはアソコに毛が生えていて大人みたいだった。キヨは誰にも私を触らせないようにした。キヨは私を丁寧に洗ってくれた。滑って転んだら困ると手をつないでソロソロと一緒に歩き、湯船に浸かっている間も、湯船の中を移動して歩く時もピッタリ寄り添っていた。  スンミンはふざけてキヨに 「キヨはメイちゃんの恋人か?」 と笑って聞いた。 「メイは大きくなったら僕と結婚するんだ。だから僕はいつもメイを守ってる。」 とキヨは言った。 「へえ?すごいなあ。小学生になる前から、そんな真剣に恋するなんて。うらやましいなあ。ね?ミンジェ」 と兄スンミンは笑って言ったが、ミンジェは困った顔をしていた。  大浴場にはいろいろなお風呂があった。露天風呂もいっぱいあって、熱いところ、ぬるいところがあった。私は熱いお湯には入れなかった。ミンジェも熱いお湯は苦手らしく、キヨと私が入る湯船に一緒について回った。兄はスンミンと熱いお風呂に挑戦して楽しんでいた。  お風呂を出て部屋に戻る途中、ゲームをする場所があった。スンミンはゲームでネコのぬいぐるみをゲットして私にくれた。  宴会場で夕食だった。大人はお酒を飲んで楽しそうに会話していた。私は兄とキヨの間に座った。料理の中にカニの脚があった。兄は私の分もカニの身を取り出してくれた。その様子を見ていたミンジェのお父さんであるチョ先生は、こう言った。 「メイちゃん、みんなに大事にされ過ぎてるなあ。だからじゃないかな?もっと自分で何でもさせなきゃダメだよ。レンくんは、メイちゃんのことを本当に大切に思うなら何でも手伝うんじゃなく、何でも自分でできるように教えてあげなさい。自分でできる方法を一緒に考えて、がんばる様子を見守ってあげなさい。そうしないと、いつか困るのはメイちゃんだよ。」  チョ先生は、兄のレンに言ってるふりして本当は私の親に言って聞かせたかったのかもしれない。兄は納得した様子だったが 「はい、今度から気をつけます。でも、カニはまだメイの小さな手では無理だと思ったんです。指をケガしたらピアノの練習もできないし。」 と言った。  続けて、おとなしいミンジェが、彼の父に反抗するように言った。 「誰にだって得意なことと苦手なことがあるんだ。何でも自分でできるようにならなくたって、できる人ができることをすればいいじゃないか。僕だってカニなんてうまく食べられない。兄ちゃんに手伝ってもらおうかと思ってた。メイちゃん、レンくん、パパの言うことなんて気にしないでいいよ。」  大人たちは少しの間、沈黙した。状況を察したスンミンが 「いつの間にかミンジェも大人になってたんですねー! 面白い! 僕は小さな子どもたちと大人と一緒の温泉旅行なんて、つまらないかと思ってたんだけど・・・予想を裏切ってメチャクチャ楽しい。ははははっ・・・」 などと大声で言って大笑いした。  大人も笑った。塩崎先生が私とキヨの間に来てカニをハサミで切る方法を教えてくれた。ミンジェもハサミでカニを切りながら 「なんだ、簡単じゃん。」 と笑っていた。    夕食後、子ども部屋では、みんなでトランプをした。その後、みんなで逆立ちしたりスンミンに空手の型を習ったりして、私は眠くなった。部屋には布団が四組敷かれていた。一番窓側の布団にキヨと私が寝て、兄、ミンジェ、スンミンが一人ずつ寝ることになった。  布団に入ってからミンジェは窓側の縁側にある冷蔵庫に冷やしてある水を飲みに起きてきて、私の髪を撫でながら 「いいな、キヨはメイちゃんを(ひと)り占めできて」 と言った。キヨは私をきつく抱きしめて脚を絡めた。  布団の中で、私はカニの身をむくことより、キヨとミンジェの嫉妬の方が難しいと思った。ミンジェが私を好きになる前からキヨと仲良くしていたけれど、順番が逆だったら、今と反対になっていたんだと思った。私が誰かを選んだという意識はなく、出会って遊んでいれば誰でも仲良くなるものではないかと私は思っていたから。  ミンジェが自分の布団に戻ると、キヨは布団を被って私にキスした。キヨの私への気持ちは、子どもの私にも痛々しく感じた。 「キヨ、大好き。ずっとずっと大好き。」 私はキヨの耳に息の声でささやいた。キヨの目から涙が流れた。 「メイ。大好きだよ。」 キヨは息の声じゃなく、普通の声でそう言った。クスクスとスンミンが笑った。
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