小学校入学&事件

1/1
前へ
/49ページ
次へ

小学校入学&事件

 幼稚園の冬休みが終わってすぐ某教育大付属小学校の入学試験があった。特別学級に入学するなら試験を受ける必要はないけれど、普通に入学できる可能性もあるというので私はキヨと共に試験を受けた。  学校ごっこで勉強した成果が出て、私にとって試験は簡単だった。兄が出すひねくれた問題より入学試験は単純明快だった。  私とキヨは試験に合格し、私は普通の学級に通えることになった。みんな喜んでくれたが一番喜んだのはキヨだった。 「やったー!やったー!メイ、よく頑張ったね」 と飛び上がって喜んでから私を抱きしめて泣いた。    私たちの小学校は街はずれにあった。毎朝、塩崎先生が私の家まで迎えに来てくれて、私はキヨといっしょに小学校まで送ってもらった。帰りは母がキヨと私を迎えに来て、幼稚園の時と同じように、先生は私の家に帰って来て夕食をいっしょに食べて兄のピアノのレッスンをしてから帰った。    キヨと私は同じクラスだった。誰が配慮してくれたのかキヨと私は隣の席だった。  同じクラスの子どもはキヨ以外、誰一人知らない子どもだった。キヨの他にも肌や髪や目の色が違う子どもが5人いた。肌の色が黒い子が2人。金髪で目の色が青い子が2人。キヨより薄い茶色の髪で目も薄い茶色の子が1人。それだけで私は『よかった』と思った。キヨ1人が目立たないから。  担任の先生は塩崎先生と同じくらいの年の石田ジン先生。ジン先生は授業中に何度も 「メイ、困ってないか?」 「メイ、わかったか?」 と私に気遣ってくれた。私は意外に何の問題もなく学校に慣れて、何人か友だちもできた。一番仲良くなったのは肌の黒いオキニィという男の子でケニヤの出身だった。オキニィは歌がうまくリズム感が抜群で、キヨと私とオキニィの3人で歌ったり、椅子を叩いてリズムを打ったりダンスしたりして遊んだ。   ある日の昼休みだった。オキニィとキヨと私で、いつも通りリズムを刻んで『ひつじのショーン』の歌を歌いながらダンスしていた。とてもうまくいったので、思わずキヨが私の頬にキッスした。それを見てオキニィも私の反対の頬にキッスした。  キヨは怒って、オキニィを突き飛ばした。オキニィは近くにあった椅子と机に突っ込んで思いっきり転んだ。大きな音がしてオキニィは泣き叫んだ。みんな驚いて集まって来た。教室は大騒ぎになり、誰かがジン先生を呼び、キヨと私は相談室に連れて行かれた。オキニィは保健室へ行った。  ジン先生は優しく 「どうしたのかな?説明できるかな?」 と私たちに尋ねた。キヨは興奮していたので、私は説明した。 「キヨは他の男の子が私に触るのがイヤなんです。オキニィが私のほっぺに軽くキスしたので頭に来たんです。だからキヨはオキニィを突き飛ばしました。悪いのは私です。私が他の男の子と遊んだのがいけなかったんです。キヨだけの私って約束したのに。先生、キヨを叱らないで。私がオキニィに、ちゃんと謝ります。」  キヨは黙っていた。泣きそうな顔をして唇を震わせていた。ジン先生は困った顔で私たちを見ていたが 「キヨも説明してごらん?」 と言った。キヨは思い詰めたようにジッと床をにらんでいたが、意外に落ち着いて考えながら、こんなようなことを言った。 「いきなりキスするのはダメだと思う。手をつなぐとか肩を組むくらいはガマンするけど、キスはダメだと僕は思う。先生は自分が好きな人が他の誰かに、いきなりキスされても何とも思わないですか?僕はガマンできない。そんなことガマンできる方がおかしい。メイが悪い訳じゃない。メイはオキニィに謝ることないよ。」 「なるほどな。」 と、ジン先生は納得したような顔でうなづいてから、 「キヨの気持は理解した。メイの気持も理解した。だが、暴力はいけない。キヨが思わずカッとなった気持ちはわかるが、その時、どうするのが一番良かっただろう?」 とキヨに聞いた。キヨは大人びた屁理屈を言った。 「先生は、僕が落ち着いて説明すればよかったと言いたいんですか?メイは僕のお嫁さんになる人だからキスしないで、って言うんですか?そんなこと言ったって、みんな笑うだけだ。それくらいなら、一度、突き飛ばして、何となく理解してもらった方がマシだ。」  先生はため息をついた。    私は幼いなりに考えて、こう言った。 「歌がとてもうまくいって、キヨが私のほっぺにキスしたから、それをみたオキニィが同じようにキスしてもいいと思ったんだよ。そういう雰囲気になってた。そういう雰囲気を作ったキヨと私が悪い。そうじゃない?キヨ。学校にいる間はキスしたり抱きしめたり、他の子がマネして困ることはしちゃいけないんだと思う。私もがんばるから。キヨもがんばって。家に帰ってから、いっぱいキスしよう。」 「メイ。そうだね。僕が悪かった。ごめん。メイを困らせて。僕がメイを守らなきゃいけないのに。メイの言う通りだ。ごめんなさい。先生。」 キヨは今にも私を抱きしめたいのをガマンしているらしかった。  先生は再び、ため息をついた。 「メイとキヨはいつも家でキスしてるの?」 と、ジン先生は少し微笑んで聞いた。キヨは大人みたいに言った。 「そんなこと答えなくたっていいんだ、メイ。僕たち2人のことだから。そういうことはプライベートって言うんだ。パパが教えてくれた。プライベートは誰にも話さなくていいんだ。」  先生は苦笑して、キヨと私の頭を撫でて言った。 「わかった。それじゃ、とりあえず、オキニィに謝りに行こう。これからのことで何か心配なことがあれば、事件が起きる前に相談してくれるかな?」 「はい。」 と私は答えたが、キヨは返事しなかった。きっと何か、こだわっているんだろうと思った。キヨには『とりあえず』という感覚はなく、相手が年上でも目上でも親でも先生でも、自分の考えに合わなければ簡単に同調しないのだった。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

64人が本棚に入れています
本棚に追加