子どもはツライ

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子どもはツライ

 小学校の音楽の園田先生は、おばあちゃんみたいな年取った先生だった。授業中に、楽器を弾ける人は順番に得意な曲を演奏して、みんなに聞かせてくださいと言った。  初めは金髪で青い目のエリックという男の子が先生に頼まれたのかバイオリンを持って来ていて『タイースの瞑想曲』を演奏した。素晴らしい演奏だった。私は初めてバイオリンの生演奏を聞き、感動で体が震えた。キヨも感動したらしく何度か私と顔を見合わせた。  次はシズカちゃんという女の子が木琴で『チャルダッシュ』を演奏した。楽しい演奏だった。子どもらしい可愛い感じだった。  先生は 「ピアノ弾ける人はたくさんいるでしょう。さて、誰から弾いてくれるかしら?」 とニコニコして言った。 「はい!」 と、1人の女の子が手を上げてブルグミュラーの『タランテラ』を弾いた。1人の男の子はソナチネのクレメンティ10番を弾いた。そんなような曲ばかり10人くらいの子が弾いた。  そろそろ授業が終わる頃、先生は 「塩崎君、ピアノ弾けるでしょう?」 とキヨに呼びかけた。キヨはあからさまにイヤな顔をした。 「僕は子ども向けの曲、弾けません。」 と言った。みんな笑った。私はキヨがかわいそうに思い、 「いっしょに弾こう。」 とキヨを連れてピアノに向かった。  私はキヨと2人でショパンの『ノクターン1番』を弾いた。曲が終わると同時にチャイムがなった。 「よかった。メイがいっしょに弾いてくれて。僕は子どもだけど、子どもは苦手なんだ。」 キヨは、そんなことを言った。 「知ってる。でも仕方ない。急に大人になれる訳じゃないから。」 私も心の中では思っていた。早く大人になりたいと。  その夜だった。塩崎先生が帰って来て、みんなで夕食していた時、バイオリンを弾いたエリックのお母さんから私に電話がきた。 「メイちゃん?私はエリックのママよ。エリックがね、今日、音楽の授業で聞いたメイちゃんのピアノに感動して、今度のコンクールのピアノ伴奏をメイちゃんにお願いしたいって言うの。」  私は塩崎先生に電話を代わった。自分では返事できなかった。キヨの気持ちを思うと絶対に無理だと思った。  塩崎先生は何か話して電話を切った。 「他の楽器と合わせるのは勉強になると思うよ。やってごらん。」 と塩崎先生は言った。塩崎先生はキヨと私に言った。 「世界は広い。キヨとメイは、ずっと2人だけで生きていく訳にはいかない。いろいろな人といろいろな挑戦をしたり冒険することは大事だ。それからまた2人で見つめ合ってごらん。もっと好きになるかもしれない。違う答えが見つかるかもしれない。」  キヨは泣いた。私はキヨの手を繋ぎながら、心はすでにキヨを裏切っていた。私は塩崎先生をどんどん好きになっていた。  私は恋する気持ちをどうして良いのか分からず、その夜、兄に質問した。 「お兄ちゃん、好きな女の子いる?」 兄は多分、私の気持ちを考え 「メイより好きな女の子なんていないよ。」 と答えた。 「私、キヨは大好き。でも、世界で1番大好きなのは塩崎先生。先生は大人だけど、私は大人になったら先生のお嫁さんになりたいくらい先生が好き。これは誰にも内緒よ。お兄ちゃん以外の誰にも言ったことないの。先生には伝えたけど。お兄ちゃん。私っておかしいかな?そんな気持ちになるのは、いけない子かな?」  兄は私を見つめて微笑みながら優しく言ってくれた。 「誰を好きになっても、いけないということはない。ミンジェはメイに会いたいと、いつも言ってる。キヨだってメイが大好きさ。エリックって子も、きっとメイが好きになったんだ。でもメイは塩崎先生が好きなんだね。塩崎先生は、みんなより10年以上長く生きてるんだから、他のどの子どもよりステキに決まってるさ。何年経ったって、他の子どもは先生に追いつけないことばかりだ。だけど先生は先に年を取る。メイがどんなに先生を好きでも、先生は大人だから。他に好きな大人の女の人がいるかもしれない。」  兄の言う通りだと思った。誰かを好きになっても、みんな悲しいだけなんだ。ショパンのノクターン1番を聞きながら涙を流して眠った。
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