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意外なデビュー
エリックの家からの帰り、塩崎先生は『ブラン』というカフェに寄ってくれた。
「疲れたから2人で、ゆっくりしよう!」
ケーキを売っているお店の奥にあるカフェのスペースは、入口の雰囲気からは想像できないくらい広く、奥には真っ白いグランドピアノが置かれていた。
先生はコーヒー、私はアイスココアを注文した。
「白いグランドピアノなんて、おしゃれだね。弾いてみたい?」
と先生は私に聞いた。
「今は弾きたくない。先生、弾かせてもらったら?」
「そうだね・・・お店の人に聞いてみよう。」
先生はお店の人に許可をいただきドビュッシー『亜麻色の髪の乙女』を弱音器を使って優しくほわ~んと弾いた。短い曲なので、あっという間に終わってしまった。
お店にいたお客さんの女性が
「ああステキ・・・もっと聞きたい。」
と先生に言った。その女性以外のお客さんはいなかったので、お店のおじさんは
「どうぞ、どんな曲でも弾いて下さい。お客様がイヤでなければ大きな音出してもウチは大丈夫ですよ。」
と言った。
先生は少し考えてドビュッシーの『月の光』や『夢』を弾いた。それらが終わった時、お客さんの女性は
「ショパンの幻想即興曲をお願いできますか?」
とリクエストした。
兄が何百回と練習していた曲だが、先生が真面目に弾くのを初めて聞いた。私は感動し過ぎて泣くことさえできず固まった。お客さんの女性は
「ああ、いくらでも聴いていたい。これから仕事があるから、もう帰らなきゃいけないけど。素晴らしいですね。お金を払っても聴きたい。今度、ぜひここでコンサート開いてください。ね、お願いします。」
と、先生とお店のおじさんに言った。
お店のおじさんと先生は、少しいろんな話をした。私がケーキのケースを覗いていると先生が言った。
「メイ。メイも何か弾いてごらん。いろいろなピアノを弾いてみることは大事なことだよ。ウチのレッスン室にあるヤマハとスタンウェイでも違うだろう?エリックの家のピアノはベーゼンドルファーだった。ここのはカワイだ。疲れているかもしれないけど。ケーキを買いに来たお客さんに聞こえてもステキな曲、そうだ『エリーゼのために』なら楽譜見なくても弾けるだろう?ちょっと弾いてごらん。上手にひけたら好きなケーキを食べていいから。」
私は椅子に座るとペダルに足が届かないので立ったまま『エリーゼのために』を弾いた。
「すごいなぁ!おじさん感動しちゃったから、好きなケーキ食べていいよ。先生もどうぞ。コーヒーおかわりお持ちします。メイちゃんは何がいい?またアイスココアにする?クリームソーダーとかパフェも美味しいよ。」
と、カフェのおじさんは言った。
私と先生はいろいろごちそうになり、兄とキヨにお土産にケーキを買って帰った。
それから何日かして、エリックの家に先生と私と母の3人で行った。エリックのお父さんは私に、こう言った。
「メイちゃん。僕はこの前、メイちゃんの伴奏でバイオリンを演奏して心から感動しました。エリックの伴奏もお願いしたいけど、その前に僕の伴奏をお願いできませんか?来月、近くの温泉ホテルでちょっとしたコンサートをします。ショパンのノクターンの伴奏、お願いできませんか?」
「メイ、できるよね?僕も一緒に行くから。キヨもレンもみんなで、また温泉で遊ぼう。今度はエリックも一緒だね。」
と塩崎先生は言った。
私は驚く。兄やキヨの方が私よりずっとピアノが上手いのに、私がコンサートでエリックのお父さんの伴奏をするなんて!
母は私が返事もしていないのに
「よかったわね。メイ。よろしくお願いします。」
と、塩崎先生とエリックのお父さんにお辞儀した。
塩崎先生は私に、もう一度、きちんと確認してくれた。
「メイ、引き受けていいのかな?これはプロのバイオリニストとピアニストの仕事の約束だ。子どもであっても、1人の人間として責任を持って返事をしなければならない。途中で気が変わったからとやめる訳にはいかない。自分でしっかり考えて自分の言葉で返事してごらん。」
私は真面目に考えた。頑張ってみたいと思った。エリックのお父さんのバイオリンは心からステキだと感じたのが1番の理由だ。
「私、頑張って演奏してみたいです。エリックのお父さんのバイオリン、大好きです。よろしくお願いします。」
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