続・イジメ

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続・イジメ

 学校では微妙なイジメが続いていた。朝、靴箱の上靴がびちゃびちゃに濡れていたり、どこかに隠されていたり、ゴミ箱に捨てられていたりした。机の中に小鳥の死骸が入っていたり、ゴミがたくさん入っていたこともあった。廊下に貼ってある私が描いた絵にマジックやクレヨンでイタズラ書きされ、私のランドセルにはマジックで『キヨあいしてる』とヘタな字でバカデカく書かれたりした。  毎日のようにジン先生は、イジメについての話をしたが、イジメはジワジワと断続的に続いていた。  ある朝、教室に着くと、私の絵具セットが教室の後ろの方にばらまかれて絵具が踏みつけられ中身が出たりしていた。  神田アキという気の強そうな体の大きな女の子が 「こんなイタズラをしたのは誰?お前か?お前か?」 と、教室にいた1人1人の子どもの顔を覗いて歩いていた。  私が絵具を片付けようとしたら 「メイ。片付けるんじゃない。やった奴を見つけてソイツに片付けさせるんだ。いつまでも、こんなことを許してたらソイツのためにもならない。」 などと神田アキは叫んだ。  ジン先生が現れ、落ち着いた声で言った。 「アキ、座りなさい。続きは先生に任せてくれるね? 今から紙を配ります。まず、自分の名前を書いて下さい。絵の具セットがばらまかれていたことに対する自分の考えを正直に書いて下さい。やった人も見た人も、知らない人も、やられた人も、これからやられるかもしれない人も、自分の心を見つめて、思った通りに書いて下さい。先生は、これをやってしまった人たちが誰か知っています。それを見て教えに来てくれた人が何人かいます。なぜこういうことが起きているのか、どうすれば、みんなが楽しく生活できる教室になるのか、みんなの本当の気持ちを知りたい。誰かが悪いのではない。うまくいく方法はきっとある。何も書かない紙は集めません。必ず自分の考えを正直に書いて下さい。書けた人は先生のところまで持って来てください。」    キヨは10秒もしないうちに紙を先生に渡して来て、エリックに借りたシャーロックホームズの本を読み出した。  私は何て書こうか迷った。迷ったあげく『正直に』こう書いた。 『私は同じ年の子どもが、どんな遊びが好きか、どんなテレビ番組が好きか、何に興味があるか、まったく知りません。だから、みんなと楽しく会話できません。他の人から見ると、私の心がわからないので気持ち悪いのだと思います。私は今、音楽のことで頭がいっぱいです。これからますます、いろんなことで心が忙しくなると思います。私が何を考えているのかわからないことが理由でイジメられるなら、それは仕方がないとあきらめます。キヨやオキニィが私にやさしくしてくれることが理由でイジメられるなら、私はどうすればいいのか自分ではわかりません。』  後からキヨに、何て書いたか尋ねると 『そんなこと書きたくない。先生が自分で考えてください。』 と書いたと言う。キヨらしい。  オキニィは自慢げにこう言った。 「毎日みんなが幸せだったら毎日みんながたいくつさ。泣いたり笑ったりするから楽しいのさ。大好きなパパはいつもそう言ってる。って書いたんだ。違うか?」  エリックは私と2人だけの時に、優しい表情で言った。 「メイがイジメられるのは、メイがキヨに愛されているからだ。キヨはもう少し考えて行動できるようになればいいのに。イジメられてツライ時は、愛されている幸せを感じればいい。僕はキヨもメイも応援するよ。陰ながらね。陰ながら・・・が大事なんだ。」  私は、その時、こんな返事をした。 「私はエリックやエリックのお父さんのバイオリンを聴いて、自分は音楽が大好きだって気がついた。自分が心から好きだって思ったり、すごく素敵だと感じたりすると、幸せになる。自分が愛されていると感じることより、自分が誰を好きか何を好きか、どんなに大好きか、そのことの方が私には大事なの。」 エリックは固まったように私を見つめて 「メイ。そうだね。本当にそうだ。メイはキヨが大好きなの?だから、そんなふうに考えられるの?」 と聞いた。  私は心がザワザワした。どう答えても、誰かを傷つける気がして悩んだ。私はエリックに、確か、こんな感じの返事をした。 「私は音楽が大好き。エリックのバイオリン、エリックのお父さんのバイオリン、キヨのピアノ、お兄ちゃんのピアノ、塩崎先生のピアノ、それからオキニィの歌やダンス。素敵な音楽を聴くと心が震えて泣きそうになったり楽しくて笑いだしたりしちゃう。」  本当は音楽も好きだけど『塩崎先生が大好き』なのだ。その気持ちを肯定したくて、私の思考は『愛されるより愛すること』『好かれるより自分から好きになること』にこそ幸せを見出そうとした。  エリックは私の心を見抜いているかのように黙ってうなずき、それ以上は追求しなかった。エリックは同じ年の子どもの中では誰よりも大人だった。たくさんの本を読んでいて知識が豊富で思考力や判断力があった。    キヨはエリックを尊敬していた。エリックはとても紳士的で、常に私に対して適切な距離感を保っていた。だが、エリックの繊細な気遣いは、むしろ私の心を動かした。  キヨはグングン身長が伸びて、精神的にはエリックの影響を受け、日ごと成長しているように感じた。多少のイジメなど気にもせず、少しずつ男の子の友だちを増やしていた。エリックと共にクラスのリーダー的存在になりつつあった。
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