初恋

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初恋

 私はクラスでのイジメより悩んでいることがあった。  キヨのスキンシップについて。キヨは学校から戻って家に着くと、私と2人だけになりたくてたまらないのだった。母が用意してあるオヤツを食べると、すぐピアノの部屋か2段ベッドの上に行き、私を痛いくらいキツく抱きしめた。長い時には息が苦しくなるくらい抱きしめ続けた。それから唇にキスした。キヨのキスはとても気持ち良かった。何度でも、いつまでもキスしていたいと2人は感じていた。  だが、そのことが私の誰にも言えない悩みだった。本当は同じことを塩崎先生にされてみたいと思っていたからだ。キヨとキスしながら胸の奥で塩崎先生を思い描いたりする自分の矛盾を、どうすればいいのかわからなかった。  エリックのお父さんの伴奏やエリックの伴奏など、私は今までより長い時間ピアノの練習をしなければならない状況になった。  ある日曜日、私だけのピアノのレッスンが終わった後、塩崎先生は私に質問した。 「学校からウチのレッスン室に直行して2台のピアノでキヨとそれぞれ練習するか、メイだけエリックの家に直行してエリックと練習するか。どうしたい?」  この選択は難問だった。私は塩崎先生に、ありのままを伝えた。 「本当はエリックの家に直行して練習するのが一番いいと思う。でも、キヨは私を毎日こっそり抱きしめてキスしている。そうしないとキヨは落ち着かない。私は、そのことを前から悩んでいる。私が本当に大好きなのは先生なのに。キヨにはかわいそう過ぎて、それは言えない。先生、私はどうすればいい?」  先生は微笑みながら悩ましそうに言った。 「難しい悩みだね。問題を1つ1つ解決してみよう。まずメイは学校からエリックの家に直行する。キヨはウチのレッスン室に直行する。僕が仕事から帰る時、エリックの家に寄ってメイといっしょに僕の家に帰る。キヨの部屋で夕食までの時間、メイはキヨとキスする。その後、みんなでメイの家に行って夕食だ。それしかないかな。メイの、本当は僕が好きという気持ちはキヨには秘密にしておいてほしいな。メイが大人になるまでに、きっと僕よりキヨが好きになるから。僕よりステキな人間になるように、僕は頑張ってキヨを育てるから。それで、どうかな?」 「ピアノの練習はそうする。でも私はさみしい。キヨに抱きしめられてもキヨにキスされても、いつも心の中では、本当は先生が好きなのに、って思ってる。先生、私はいけない子なの?先生を大好きだったらいけないの?」  私は先生の目の前ですすり泣いた。先生はきっと、すごく困った。私を膝に抱き上げて抱きしめてくれた。私は嬉しいのに悲しく、なぜ自分は子どもなんだろうと悔しかった。  先生の耳と私の耳がピッタリくっついて気持ち良かった。私は先生が抱きしめてくれたので少し心が落ち着き、先生の頭から顔を離して先生の目を見た。その時、私は意外なものを見てしまう。先生の目から涙が流れていたのだ。その一瞬の光景は、私の脳裏に焼き付いて、その後、私の何より大切なあたたかい記憶になった。 『先生は心から私の気持ちを受け止めてくれている』 私は、そう確信した。  レッスン室の外側のドアが開く音がした。キヨだ。  レッスン室は防音のために入口には2枚のドアがある。廊下から1枚目の外側のドアを開け、2mくらいの廊下があって内側の2枚目のドアを開けるとレッスン室になっている。  私と先生は手で涙を拭いて顔を見合わせて笑った。  レッスン室に入って来たキヨは 「箱庭の苔に花が咲いたんだ。小さい赤い花だよ。」 と嬉しそうに報告した。私と先生はキヨの箱庭を見に行った。夕暮れの陽射しを浴びて、1cmもない小さな苔に1mm位の小さな赤い花がいくつか咲いていた。
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