恋すればするほど

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恋すればするほど

 エリックのお父さんとのコンサートのために私は自分から希望してショパンの「ノクターン17番・18番」(Op.62-1と62-2)を練習し始めた。CDで聴いていて大好きな曲だった。  エリックのお父さんはラフマニノフ「ヴォカリーズ」(Op.34-14) をリクエストした。  初めの日、私が帰る頃に、やっとお父さんが帰って来て合わせて練習したが、それまでは代わりにエリックが演奏してくれた。お父さんとどっちがいいかと聞かれたらエリックの方が私には合わせやすかった。エリックは私のリズムに寄り添ってくれていたからで、お父さんはプロだからグイグイ私の幼稚さを高みへ高みへと(いざな)った。  塩崎先生が私を迎えに寄った時、エリックのお母さんは 「メイちゃんのドレス、どれがいいかしら?」 と、先生にPCの画面を見せて聞いた。お姫様みたいなヒラヒラの素敵なドレスがたくさん並んでいた。 「僕は、この真っ白いドレスがメイに似合うと思うな!」 と塩崎先生が指さした。エリックのお父さんは 「この真っ赤なドレスもいいな。」 と言う。エリックのお母さんは 「メイちゃんは?どれが好き?」 と聞いた。 「私は・・・どれも好き。どれでもいいわ。」 と答えると、エリックは私に言った。 「メイ、ここでは気を遣わなくていいんだ。好きなドレスを選んでごらん。僕は、この淡いピンクのドレスがメイに似合うと思う。」  私は少し考えて正直に答えた。 「私は先生が選んでくれた白いドレスがいい。」  帰りの車の中で先生は言った。 「メイ。僕は昨日、メイに大好きだって言われて、大人だけど嬉しかった。メイが子どもだという理由で、メイの気持を真面目に考えないのは、メイに失礼だと思った。どんなに年が離れていても僕は男で、メイは女だからね。大好きになっていけないなんてことはないよ。僕もメイが好きだよ。大好きだよ。メイが大人になるまで僕はずっと待ってるから。安心して。それだけ、ちゃんと伝えたかったんだ。」 「先生。ありがとうございます。」 私は嬉しくて泣いた。  私は、もうどんなことがあっても、何でもがんばれると思った。ピアノを真面目にがんばって、勉強もがんばって、いろいろなことを覚えようと思った。そうすれば、いつかきっと先生のお嫁さんになれる。そう信じることができた。  先生の家に着くと、キヨは熱心にピアノを練習していた。チャイコフスキー『 ロマンス ヘ短調 』(Op.5)を弾いていた。キヨの指先から生まれる切ないメロディーは私の胸に絡みついた。私はまた、どうしていいのかわからなくなり、車の中とは違う理由で泣いた。  曲が終わった時、キヨは私が泣いている理由がわからず 「どうしたの?何かあったの?」 と、心配そうに私を優しく抱きしめた。 「キヨ、今の曲とても素敵だった。聞いていたら泣きたくなっただけ。」 「本当にそれだけ?何だかメイが、どんどん大人になって僕から離れていくような気がして不安なんだ。」 「早く大人になりたいけど、いつまでも子どもでいたい気持ちもある。キヨ、キヨ、キヨ・・・・」 私は言葉にできない切なさに胸が張り裂けそうだった。キヨと抱きしめ合ってお互いの不安を一時的に解消しても、それを繰り返すことで自分がどんどん苦しくなることは、子どもでも予想できた。
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