赤い花 白い花

1/1
前へ
/49ページ
次へ

赤い花 白い花

43ce74cf-a2dd-4e98-9b80-f838e913ff74   自分の家に帰り着いたのは夕方の6時半過ぎだった。6月の日が長い時期だったので、まだ外は明るかった。私の家の裏庭でキヨが作っている箱庭を見に行くと、そこには白い可愛い苔の花が咲いていた。 「ちゃんと花が咲くね。こんな小さな命でも、自分の力で花を咲かせられるんだ。メイも心に花を咲かせて。赤い花も白い花も自由に咲かせていいよ。だからメイ、泣かないで。僕はもうメイを困らせない。メイの自由を、きっと大切にする。約束する。」 キヨはそう言って私に右手の小指を出した。  それはまるで私の心の裏切りを知っていて認めてくれるような、どんな恋をしても自由だと言っているようで、大人より大人な言葉に聞こえた。とても指切りできる心境ではなかった。なぜ今、キヨはそんなに優しいのか。なぜ今、キヨの箱庭に苔の花が咲いたのか。本当に箱庭には神さまがいるんだろうか。先生の優しさとキヨの優しさに挟まれて、私は身の置き所がわからず胸が苦しくて、キヨの箱庭を見ながら苔の上に涙の雨を降らせた。  キヨは戸惑った。キヨが優しく髪を撫でたりしても私がメソメソ泣き続けるので塩崎先生を呼んで来た。先生は私を抱き上げて 「それーっ!悲しい気持ち、飛んでけー!飛んでけー!」 と、私を空に向かって何度も放り上げては受け止めてくれた。私は思わずキャッキャッと叫んで笑った。 「いいな!僕もやって・・・」 とキヨも先生にせがんだ。 「ウワッ・・・キヨ、いつの間にか重くなったなあ!それーっ!どうだー!もう一発!ああ、もう無理・・・」  兄もやって来て、 「メイ!僕にもやらせて・・・それっ!」 と、私を抱き上げ、放り上げはしないけれど何度か高く持ち上げた。いつの間にか兄も大きくなったんだな、と不思議な気持ちになる。  夕食が済んで兄が先生にレッスンしてもらっている間に、私はキヨとお風呂に入った。キヨは 「メイ、髪洗ってあげる。座って。」 と言った。髪を洗いながらキヨは歌った。 「赤い花つんで あの人にあげよ あの人の髪に この花さしてあげよ 赤い花 赤い花 あの人の髪に 咲いて揺れるだろう お日様のように 白い花つんで あの人にあげよ あの人の髪に この花さしてあげよ 白い花 白い花 あの人の髪に 咲いて揺れるだろう お月さんのように」 「苔の花、赤い花と白い花だったね。そんな歌あるんだ?」 「幼稚園の園長先生が歌ってた。赤い花も白い花も、メイのために箱庭の神さまが咲かせてくれたんだ。僕に、メイの繊細な心を伝えるためだ。一生懸命に咲かせている美しい小さな花を見失ってないか。優しく息を殺して見護らなきゃいけないんだ。メイ、僕はメイのために自分の我がままを我慢することが大切だって、やっと気がついた。メイがもしエリックを好きになっても僕は泣いたりしない。だってエリックは、本当にいい奴だ。エリックのバイオリンは素晴らしい。メイは自由に、赤い花を咲かせたり白い花を咲かせたりするんだ。いろいろな花を自由に咲かせていいんだ。」  私はシャンプーの泡を流すシャワーのお湯に紛れて声を殺して泣いた。タオルで顔を拭いてから私はキヨに抱きついてキスした。心からキスした。 「キヨ。私はエリックは好きだけど、キヨとは違う。エリックは素晴らしい友だち。キヨは友だちじゃないもん。キヨは私の半分だよ。キヨは自分だから。好きに決まってる。だから変なこと言わないで。」 「そっか。僕はメイの半分か。メイは僕の半分か。そう思ったら何だか安心する。すごく安心する。」  私たちは自然に、そんな結論を導き出して、お互いの身体を泡だらけにして抱き合って遊んだ。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

64人が本棚に入れています
本棚に追加