それぞれの箱庭

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それぞれの箱庭

 その夏、私とキヨと兄は、それぞれの箱庭を作った。父が私たちのために50㎝×80㎝位の箱庭用の木の枠を作ってくれた。それを裏庭の一角に並べ、それぞれが好きなようにデザインして草花を植えた。  兄のレンは小高い丘をいくつか作り、丘と丘の間に池を作り、池を渡る吊り橋も作った。赤紫の葉と淡い黄緑の苔で丘は美しい縞模様になっていた。白い小さな花で囲まれた池には本物のグッピーを飼っていた。プラスチック粘土で作った家にはアクリル絵の具で窓やドアが描かれていた。それらの家は小石を敷き詰めて作られた道のあちこちに点在し、今にも小さな住人たちが幸せそうに歌いながら家から飛び出して来そうだった。  キヨは箱庭の真ん中に素敵な真っ白い教会を作った。教会への道は迷路になっていた。小石を敷き詰めた迷路を取り囲むのは爪楊枝くらいの背丈の小さな青い小花で、ところどころに赤紫のラベンダーや赤いケイトウがポプラ並木みたいに配置されていた。教会を取り囲む箱の周囲には背の高い赤みを帯びたコルジリネレッドスターがうっそうと生い茂り、教会を神秘的に浮き上がらせていた。  私は兄やキヨの箱庭の美しさを感じることはできたけれど、どこかで、そうした人為的な配置を苦しく感じていた。本当の森みたいな無秩序な自然を私は求めていた。私は色々な苔や草花やキノコを見つけた順番に適当に植えた。道や家は作りたくなかった。  三人の箱庭を見た父や母は、私を心配した。  塩崎先生は 「メイは森の妖精だからね。人間になっちゃダメだよ。メイはメイのままが一番いい。」 と言ってくれた。  兄のレンは、何となく私が普通の子どもと違うと思っているらしかった。いつも私を外部から守らなければいけないと、どこかで思っている気配を、私は子どもながらに感じていた。だから兄は私の箱庭を見て 『やっぱりね・・・』 みたいな顔をしていた。  キヨは私の箱庭を愛してくれた。 「ああ、やっぱりメイは僕のメイだ。僕の教会の神様はメイの箱庭でうっとりと空を見るよ。いろいろな形に区切られた空がある。ふわふわと苔に覆われた大地やジメジメしてキノコが生えている秘密の茂みもある。」  私は毎晩、寝る時に想像を楽しんだ。キヨの教会から真っ白い神さまが出て来て、私の箱庭の中を散歩する。小さな虫や小人があちこちに隠れて神さまを見ている。神さまは口笛を吹きながら茂みを歩き、時々は気持ち良さそうに苔に寝転んで空を見上げる。  夏の終わりに台風が来た。  兄の箱庭は甚大な被害を受けた。橋は壊れ家は吹っ飛んでなくなり、きれいな縞模様の丘は土砂崩れを引き起こした。池で平和に暮らしていたグッピーたちはどこかへ流れ去った。  キヨの箱庭の教会は十字架が壊れた。背の高いコルジリネレッドスターは倒れたり折れたりした。水没してメチャクチャになった迷路の上に、折れたラベンダーやケイトウの花が浮かんでいた。  けれど私の箱庭は意外と変化していなかった。もともと雑草と苔の寄せ集めみたいなものだったから、変化したら変化したなりの大自然そのもので、カオスはカオスだった。  台風が過ぎ去った日の夕方、キヨは箱庭を見て言った。 「良かった。教会の十字架は壊れたけど、神さまはきっと、メイの箱庭に避難しているから大丈夫だね。僕も困った時にはメイの世界に避難するよ。大好きだよ、メイ。」 キヨは私を抱きしめた。  その数日後だと思った。母とキヨと私で近くのスーパーに買い物に行った。母と少し離れてキヨと私が一匹まんまの魚を見ていた時、キヨと同じ幼稚園に通っているという男の子が近づいて来て 「わー、ねずみ男が魚を見てる!ねずみ男は魚をまる飲みにする気だ!」 と叫んだ。 キヨは何も言わず、ただイヤな顔をした。私はキヨの手をつかんで、その男の子をにらんだ。  その男の子は私の目を見て、眉をひそめ走り去った。 「幼稚園で、僕は『ねずみ男』って呼ばれてるんだ。目の色がねずみ色だからさ。髪の色も変だから。仕方ないんだ。」 キヨは悲しそうだった。 「私はキヨの髪の色も目の色も大好き。誰よりもステキな色。私もそんな色になりたかった。」 私は心から、そう思っていた。 「僕は友だちなんて、いらない。世界中が台風で流されても、僕はメイがいればそれでいい。」  私たちに起こった『ささやかな事件』を、母は少し離れたところから見ていたらしかった。家に帰ってから母はキヨに尋ねた。 「幼稚園で『ねずみ男』って呼ばれてること、パパは知ってるの?」 キヨは答えなかった。  私は、そんな質問をする母を無神経だと思った。そういう言葉は知らなくても、そんなように感じ、母に反発を覚えた。  二人でピアノに向かい、新しく練習を始めていたノクターン3番を弾いた。二人で優しいメロディーや激しいメロディーを乗り越える時間は、どんな時間より安心できた。  その夜、お風呂に入った時、私はキヨと身体を洗い合いっこしてから、アソコの皮をむいて口に含んだ。前より硬く大きくなってキノコの傘もふっくらしてきた。キヨはそうされるのが好きだったから、今日みたいなヒドイことがあった日には、その行為をして安心させてあげたいと子どもなりに思った。 「メイ、ありがと。」 キヨは私を立ち上がらせて抱きしめた。私たちは肌と肌を合わせると、とても気持ちが落ち着いた。父や母に抱っこされるのも私は大好きだったけど、キヨとピッタリくっつくことは、それとは違う特別な感覚だった。  毎日一緒に、遊んで、ピアノを弾いて、ご飯を食べて、お風呂にも入ってるのに、キヨが先生と家に帰る時、私は寂しくて必ず泣きそうになるか、本当に泣いた。  ただ『ノクターン1番事件』以来、兄のレンはとても優しくなって、キヨが帰った後、私が眠るまで絵本を読んでくれたり、動物や植物や恐竜や昆虫や外国や宇宙のことを面白く教えてくれた。兄も眠くなって私の布団で朝まで一緒に眠ることもよくあった。寝ぼけて兄かキヨかわからないまま抱きつくこともあったが、兄はキヨとは違う優しさで私を受け止めてくれた。キヨが現れなければ、兄は一生、私の人生に付き合う覚悟があったように思う。
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