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「本当に助かりました。ありがとうございます」
「大したことではありませんよ」
「あなたの住処もこの近くなのですか。水の側でないと、生活は難しいでしょう」
「いえ、この山全体が私の住処なのです」
女はその意味がよくわからなかったが、きっと定住せずに山を見回っているのだろうと思った。
「ご家族はいらっしゃるのですか」
「そうですね、いると言えばいます。一人ではありません」
「それなら安心です。この広い山で、一人ではお淋しいでしょうから……」
牛は一足先に川岸へたどり着き、水を飲み始めた。
二人も牛の側へ行って水を竹筒に注ぎ込み、それを飲んではまた注ぎ込んだ。
「なんて美味しいのでしょう」
女は感嘆した。川の水は清々しく喉を通り、体じゅうに浸透していった。昨日からほとんど水分を摂っていなかったためだろう、疲れが全て取り去られるようにすら感じられた。
「ここなら安心ですね。水も草も、木陰もあります。ここに住みつけば、牛も困ることはないでしょう。さて、私は神の元へ急がねばなりません。どこへ行けば願いを伝えられるのでしょうか」
「その必要はありません。これ以上一体どこへ行くと言うのです」
男がそう言うので、女は咄嗟に意味が分からず、瞳に疑問の色を浮かばせた。
その時、にわかに空気がざわついた。
女は驚いて、ざわつきを感じたほう――牛がいる水際を振り返った。
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