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すると牛の姿が歪みながらみるみる膨張し、まるで竜巻が立ち上がるように渦を巻いて天へと昇って行くではないか――。
女は驚きに目を見張った。
「これは……」
暴風が吹き荒れる。よろけた女は思わず男にしがみつく。
「人の欲望は尽きることを知りません――竹瀬山の神は、心清き者の願いしか聞き届けないのです」
固唾を飲んで牛の行方を見守っていると、その姿は上空で突如光を放ち、村の方角へとたちまちのうちに消え去ってしまった。
「一体……何が……」
「あなたの望みはもう叶いました」
男が告げる。
「神はあなたの願いを聞き届けたのです」
「それでは、あの牛が……竹瀬山の神……」
暴風に乱された長い髪もそのままに、女は天を見上げながら茫然と呟いた。
辺りは再び穏やかな空気に包まれていた。日差しが降りそそぎ、先ほどまでと変わらず鳥の声が聞こえている。
「あなたの村は、この山の神によって救われたのです。もう何も心配はないでしょう」
「しかし、私は願いを決めかねていました。神はどのような救いをもたらしたのでしょう」
「全てです。全てですよ」
「全て……」
男はにっこりと柔らかな笑みを見せ、
「私はあの牛――竹瀬山の神に仕える天人で、この山の番人です。久方ぶりに人を連れているので驚きましたが、あなたの話を聞いていて納得しました。あなたは神に気に入られたのですよ。そして神はあなたの望むようにあなたの願いを聞き届けました。もう何も心配いりません」
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