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 翌朝、もう一度竹瀬山に行きたいと女は言った。 「私はあの山に、何か大切なものを忘れてきてしまった気がしてなりません。思い違いかもしれませんが、確かめに行きたいのです」  それを聞いた父母は困った様子だったが、女の瞳にまっすぐな思いを感じ取り、竹瀬山へ行くことを許した。 「それでは、握り飯をこしらえてやりますから、持ってお行きなさい」  そして女は再び竹瀬山へと戻ってきた。  今度は迷うことなく竹瀬山の入口を見つけ、あの美しい竹林に囲まれた広場へとやってきた。  確かこの先は勾配がきつくなるから、ここらで一度休憩しよう、と、さざ波を奏でる葉先を見上げた、その時――。  かさりと音がして、女は振り返った。  そこには、身なりのきれいな男が立っている。  男はたいそう驚いた様子で呆気に取られていたが、はっと我に返って女に話し掛けた。 「この山に来客とは珍しいですね。迷い込んでしまったのですか」  その声を聞いて、女は全てを思い出した。  なぜ忘れてしまったのだろう。  私はこの方と出会い、助けられて、竹瀬山の神である牛を水辺へ連れて行き、そして願いを聞き届けてもらったではないか。 「……いえ、……迷い込んだのではありません」  村へ戻って人々の平穏を確認したら、ここへ戻って共に生きると、約束していたではないか――。
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