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そこは道が緩やかに曲がる地点で、道幅がぐるりと広がり、ここまで歩いて来た細い道からは考えられないほど広い空間が、唐突に拓けていた。
それを囲むように、竹林が高く高く伸び、ほとんど天に代わるように頭上を覆っている。
その隙間から朝の日差しが漏れ、風が葉を揺らしてさざ波の音を立てるたびに、きらきらと光が踊る。心を洗うかのような爽やかな黄緑色が、四方八方から眩く女を見下ろしている。
なんて美しい場所だろう、夢のようだと、女は思った。
さらさらと風の奏でる音を聞きながら、しばしその輝く葉先を見上げていると、かさり、と地面を踏む音がふいに耳に届いた。
振り向くと、そこには、身なりのきれいな男が立っていた。
男は女と目が合うと、ちらりと牛を見やり、
「あなたの牛ですか」
と尋ねた。
「いえ、この牛は弱っているのです。山の外に伏せっていたのを、水辺を探してここまで連れてきました。あなたはこの辺りの方ですか」
「私はこの山に住むものです」
女は驚いた。竹瀬山に人が住んでいるとは思わなかったからだ。
「それでは、どこに行けば水があるかわかりますか。この牛を連れて行きたいのです」
男は女をじっと見つめ、しばらく考え込んだ。
「見たところ、あなたも飲まず食わずのご様子。牛よりもまず、ご自身のことが先では?」
「いえ、私はまだ歩けます。牛のほうが心配なのです」
それを聞くと、男は持っていた袋から柘榴の実を取り出し、腰に下げた竹筒と共にこちらへ差し出した。
「どうぞ、まずはこれであなたの喉を潤しなさい」
「いえ、ご厄介になるわけには」
「構いません。またすぐに手に入りますから」
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