21人が本棚に入れています
本棚に追加
女は迷ったが、せっかくの親切を無碍に断るのもと思い、おずおずとそれらを受け取った。
「ありがとうございます。それでは、私はこの柘榴で充分潤せますから、水は牛に与えましょう」
「あなたがそれで良いなら、構いませんよ」
女は牛に水を飲ませた。昨日と違い、たっぷりの水が飲めたからか、牛はいくらか元気を取り戻したようだった。そして、のそのそと起き上がると、辺りの草を食べ始めた。
女はほっとして、自分も男にもらった柘榴を食べ始めた。柘榴の甘酸っぱさと豊富な水分が体に染みていく。女は生き返るような気持ちだった。
「あなたは牛を水辺に連れゆくために、この山へ入ったのですか」
男が訪ねた。
「いえ、実は、この山の神にお願いに上がったのです。牛にはその途中で出会いました」
「お願いとは」
「私の村は、この山を下って行ったはるか先にあります。その一帯は長く日照り続きで、土地が干上がってしまっています。食糧も少なくなっていて、死者も出始めています。このままでは、滅ぶのも時間の問題です」
「では、村を救って欲しいと」
「はい。私の村の者達は、古来より竹瀬山の神を信仰していました。しかし、その神はたいそう気まぐれで、救われた試しがないと、今では誰も信じていません。ですが、もはや自分達の力ではどうにもならないのです。虫のいい話ではありますが、神におすがりするしか、ないのです」
男は表情を変えることなく女の話を聞き、そして尋ねた。
「それは、村の総意ですか」
聞かれて、女は少し俯いた。
「いえ……、いえ。私の独断です。村の皆は、もはや竹瀬山のことを思い出しもしていないでしょう。反対されるのを恐れ、父母に言い出すことすらできず、私はひっそりと村を抜け出して参りました」
「そうですか……」
いつの間にか、牛は再び地面に座り込んでいる。瞳にはずいぶん生気が戻ったようで、牛もまた女の話をじっと聞いているような、凛とした顔つきになっている。
最初のコメントを投稿しよう!