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「竹瀬山がどのような場所か知らずに参りましたので、あなたの案内があって助かりました。これだけ草木が茂っているなら、もっと手前に沢があるのだろうと、思い込んでしまっていました」 「この山は、普通の山とは違っています。あなたも気づいているでしょう、この山の水は、平地へ流れ出てはいません。必ずしも高地から低地へ流れているわけではないのです」 「どうりで、私共の村には竹瀬山からの水流がないと思っていました。この山はこんなにも緑で溢れているのに、私の村の枯れた色といったら……」  女は目を伏せて、考え込んだ。  その心に浮かぶ光景は、水を失いひび割れた茶一色の田畑の残骸。枯れ果てて蜘蛛の巣の張った井戸。人々は辛うじて生活できる程度の水を、なけなしの川からそれぞれ汲み上げて使っている。  作物は当然育たず、人々は先々への不安を感じながら備蓄されていた食糧を少しずつ食べ、備蓄の尽きた者、水を運べなくなった者、体力の尽きた者、そして病気になった者から、死を迎えていく。 「水が来れば、解決するのでしょうか」  女は呟く。 「水が原因で問題が起きているのなら、水が戻れば解決するように思いますが、違うのですか」  男が問う。女は少し迷った表情を見せながら、模索するように言葉を紡ぐ。 「もちろん……、水さえあれば、元の暮らしが戻ります。作物は育つようになり、豊かに暮らせるでしょう。……ただ、もし現状が変わらないのだとしても」  男はじっと耳を傾ける。 「仮に、このまま滅びゆくのが私たちの宿命だとしても……、私はそのこと自体を嘆いているのか、何よりも回避したいのは滅びであるのか……、そう問うた時、どうしても引っかかるのです」
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