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「こいつ、生きてんの?」
「生物だと認めたくはないが」
さすがに暴れ疲れたのか、マフラーはずいぶんぐったりしてきた。生き物が肩で息してるみたいに、小刻みに上下している。
「今のうちに堅結びにでもしておくか」
「えー。なんか触るの嫌だな」
「お前が買ったんだから、最後まで責任持って飼え」
「ペットじゃねえよ」
とは言え、急に首を絞めてくるような凶暴なマフラーを放置するわけにもいかない。俺は渋々そいつを掴もうとした。ところが…、
「あああ! 皇太子様、なんとお痛わしい…!」
いきなり何かが駆け寄って、マフラーの上に覆い被さった。…駆け寄って?
「なんて無体なことを~っ! おのれ、下賤な発展途上の田舎星人め…!」
紫の薄っぺらい布っ切れが文句を言ってる。───ように聞こえたんだが、俺は本当に頭がおかしくなったのか?
「皇太子ってのは、このグレーの毛糸のことか?」
杉田がものすごく普通に質問している。状況に馴染むの速すぎだろ。しかも、真っ先に訊くところはそこかい。
「この高貴な御身体を毛糸とは…無礼な!」
布がヒラヒラしながら怒っている。マフラーが皇太子で布はさしずめ家臣とか侍従とか、そんなところか? 俺たちを田舎星人なんて言うってことは、こいつら地球外生命体なの?
「日本語が上手だな。王子様は全然駄目みたいだが」
「こんな辺境の言葉、翻訳機なしで話せるわけがなかろう!」
その布のどこにそんなハイテク機械忍ばせてんだろう。その前に、どうやって話してんだろう。
「じゃあ、こんな辺境に何しに来たんだ? まさか乗っ取りか?」
「こんな田舎で資源も乏しい星など欲しがるか。皇太子様は別の星へ亡命する途中で追手に襲われたのだ」
「うわー、すごいベタなSF展開」
「ということは、政治的な理由で?」
なんで俺の友人はこんな得体の知れない布と真面目に会話してるんだろうか。布がまたいい具合に切羽詰まった感じで答えるから、声だけ聞いてたらすごいシリアスなんだけども。
「政治的な理由だ。皇太子様は反対勢力に御命を狙われている。一刻も早く安全な星にお連れせねば…!」
反対勢力ったって、やっぱり布とか毛糸とかなんだろ? なんか頭痛くなってきた…。
「なら、追手に見つかる前に出ていけば、地球に危害は及ばないって話だな」
「そういうことだ」
「俺たちが皇太子にやっちまったことは?」
「本当なら死罪だが、今はそうも言っておられん。裁判の手続きが面倒なのだ。この際目を瞑ろう」
って、なんか俺もだが、マフラー王子もそっちのけで話が進んじゃってるな。
「そんなら」
と、杉田はマフラーを解放した。心なしか端がカップ型に伸びちゃってる。“皇太子”は憤慨しているようだったが、布に何かもしゃもしゃと言い聞かされて大人しくなった。
「そんじゃあ、さっさと逃げて。お達者で」
呆然としている俺の前で、杉田がひらひらと手を振ったその時だった。
「そうはいきませんよ!」
もう、今度はいったいなんなんだよ!?
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