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3日目のお昼。
今日は朝から天気が悪く、窓の外は土砂降りでした。強い雨と風に当てられ、流石のアジサイも辛そうです。雨が止む様子はなく、外干し派の人たちは今日の洗濯物を諦めるしかないでしょう。
しかし、乾燥機を使い、家から1歩も出ないおじいさんには、雨だろうと晴れだろうと関係ありません。
2人はいつもの寝室で、机を挟み向き合って座っていました。
お爺さんは、普段と変わらない優しい微笑みを浮かべ、目の前のシオンを静かに見つめています。
対するシオンは、顔を伏せ、机の上に置かれている物に意識を集中していました。顔こそいつもの無表情ですが、その雰囲気はどこか余裕がなく、焦っているように見えなくもありません。
そんなシオンに、お爺さんは静かに声を掛けました。
「降参かな?」
「……まだ」
そう言って、シオンは机の上の物を1つ、手を使って動かします。
「そうかい、なら――」
間を開けず、お爺さんも机の上にある物を同じように1つ動かし、
「チェックメイト」
と、宣言しました。
「――っ!」
「はい、ワシの勝ち」
チェスです。
ちなみにシオンが白で、お爺さんが黒。
暇を持て余していたシオンにお爺さんが進めたのがチェスでした。
ルールを知らない、と言ったシオンに、昨日の内に簡単なルールブックとチェス盤を渡し、自分が寝ている間に覚えるといい、とお爺さんが進めたのです。
そして今、朝食を食べた後、ルールを覚えたシオンはお爺さんと対局し、見事に負けたのでした。
「…………」
負けた腹いせなのか、シオンは静かにお爺さんを睨みます。
しかし、お爺さんはどこ吹く風。
「ふっふっふ、そんなに睨まないでくれ。いや、ルールブックを読んだだけで、それだけ指せるなんて、シオンちゃんは良い腕をしているよ」
と、楽しそうに笑いながらシオンを励ましました。
「…………」
褒められたのが嬉しかったのか、途端に睨むのを止めるシオン。その顔はどこか得意げです。
それを見てお爺さんは、単純な子だなぁ、と思いましたが、勿論口には出しません。お爺さん、だいぶシオンの扱いに慣れてきました。この死神、結構感情豊かで単純です。
「どうだい、もう1局?」
「やる」
シオンは即答し、
「そうこなくっちゃ」
お爺さんも嬉しそうに応じます。
そして――
「チェックメイト」
「…………」
5分と経たずにシオンがまた負けました。
「ふっふっふ」
と、膨れているシオンを尻目に楽しそうに笑うお爺さん。
「ふっふっふ。いや、こんなに楽しいのは久しぶりだ」
「……だろうね」
「ああ、こうして人とチェスを打ったのは何年振りだろう」
嫌味も効果はなく、お爺さんはそう言ってまた笑い出します。
「チェスは1人ではできないからな」
「……うん?」
と、それを聞いてシオンが少し首を傾げました。
「おや、どうしたんだい、シオンちゃん?」
「そういえば、どうしてお爺さんは1人なの?」
「いや、それは昨日説明したろう。ワシには、もう頼れる親戚が――」
「親戚がいないのは聞いた」
「なら」
「けど、お手伝いさんが1人もいないのはおかしい」
「…………」
「あなたくらいの年の人には今まで何度も会ってきたけど、みんな必ず周りのお世話をしてくれる人がついていた。何故、お爺さんにはお手伝いさんがいないの?」
「……いないからだよ」
と、お爺さんは答えになっていない答えを返します。
「なるほど」
しかし、人間の世俗に疎いのか。それとも特に何の意図もなく、ただ思いついたことを暇つぶしのために口に出しただけなのか、シオンはお爺さんの答えに納得し、それ以上深く尋ねることはしませんでした。……多分後者です。
勿論、お爺さんの顔色が少し悪いことにも気づきません。
「ま、まあ、そんなことより、もう1局どうだい?」
お爺さんは精一杯の笑顔を作り、話しを逸らしました。
「やる」
シオンは即答し、次こそ勝つためにチェスに集中します。
そして――
「チェックメイト」
「…………」
また負けました。
結局その日シオンは、全36戦中、1度もお爺さんに勝つことはできませんでした。
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