灰のように、砂のように

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 昨夜の酒が過ぎたのか、俺だけが異変に取り残されたのか、おかしくなったのは俺か、世界か、そんなことを考えながら歩く。どっちにしろ、ここは元いた処より心地いい。  さらさらと降る白いものには、どういうわけか既視感があった。これが夢の世界なんだとしたら、それは俺がどこかで見たもののオマージュなんだろう。それを降らせている空を見ても、連想されるものは薄い紙だとか自宅のくすんだ壁だったりして、夢の中で思考を巡らせることの無意味さを思い知るばかりだ。一瞬だけ、誰かの唇が思い浮かんだが、誰のだったか思い出す前に脳裏から消えた。  標識も看板も真っ白な街には、やはりどこかしら元の世界の面影がある。どうやら自宅とさほど離れていない場所で、記憶のままに道を曲がれば、記憶通りに駅が見えた。駅に行かずに道なりに歩き、真横から構内を覗く。真っ白なホームには、真っ白な電車が停まっていた。電車の白いガラスの向こうにも人の気配はなく、どこかに運んでくれそうな気もしなかった。駅からは何本も白い線路が伸びている。いつか観た映画のように線路を辿れば、見知った色付きの場所に着いたりすんのかね。そんな結末はつまらねえなと思い、その考え方に苦笑した。そのまま線路脇の道を歩き、すぐ近くにあった下りたままの遮断機を跨ぐ。 「…ぅ…っ!」  線路に入った途端、猛烈な頭痛に襲われた。脳全体が収縮と膨張を繰り返しているような激痛に、頭を抱えて蹲る。 「…っ!?」  割れそうな頭を掴んだ指先に、いきなり自分の髪以外のなにかが触れた。反射的に下ろして見れば、白い指先だけが俺の指に沿わせるようにして絡みついている。砂を固めた作り物みたいな、細くて綺麗な指。 「ぅわああっ!?」  振り落とそうとした途端、聞こえないはずの警笛がカンカンと喧しく鳴りだした。  え…?  色が、戻っている。  薄い空。民家の褪せた壁。張り巡らされた電線。錆色の線路。なにかが太陽を反射して目を射抜く。電車のフロントガラスだ。迫ってくる。避けられない。 「───!」  上げられない声の代わりに、翼みたいに血飛沫が広がった。生々しい臭いと音、鮮烈な紅い…─── 「あ……あぁ…」  膝をついたまま、大きく喘いだ。全身が恐怖で強張っている。頭痛は色と共に消え、世界はまた白くなっていた。 「はあ…はあ、はあ…」  額に浮いた汗を拭い、立ち上がる。なんだったんだ、今のは。まだ動悸が治まらず、足元がふらつく。  ───…さん 「…?」  声が聞こえたような気がして振り向いた。当然のように誰もいない。もういい、とにかくここから離れよう。またさっきのが来たらと思うとゾッとする。  俺は向かい側の遮断機を跨いだ。
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