他の人が好きになったと振られた俺は

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 拓海が大学の準備をするのを黙って見ている。何も面白くはないが、声をかける気も起こらない。  バスの中で改めて「おい」と声をかけると、「何ですか?」と返ってきた。 「敬語じゃなくていいって」 「でも」 「最初にお前の方からタメ口ききだしたんじゃないか」  急に言葉遣いを変えられると調子が狂う。 「慎平さんこそお前って言わないでください」 「わかったよ。拓海?」  呼んでみて、久実子が拓海君と言っていたのを思い出す。 「そうです」 「何でお前は拓海君なんだ?」 「そんなの知りませんよ」  敬語を直す気はないようだ。どうでもいいけど。 「あいつから見たらどっちも年下だろ。違いがあるのかね」 「あいつって久実子さんのことそんな風に」  文句があるように言う。 「じゃあなんだよ。俺も久実子さんって呼べって?」 「いえ」  拓海は言葉を濁す。 「その、つまり、振られたからですか?」 「うるせえな」  そういう言い方するなと言いたい。 「すみません」  謝られてもむかつく。 「あいつはあいつ。久実子は久実子。最初からさんとか付けたことないんだよ」  それは事実だ。ただ単に拓海の手前、久実子を敬いたくない気持ちもあるけど。 「でも、年下なんですよね?」 「俺がなんて呼ぼうと俺の勝手だろ」 「そうですけど、その」  拓海はぶつぶつと女性を敬ってないとか、先輩なのにとか言っているが俺は無視した。  別に俺は元々こうだ。久実子を先輩だなんて思ったことはない。  男と女ってそういうもんだろ。まさかそのせいで振られたとかいうんじゃないだろうな。  バスはすぐに大学の前まで行った。俺よりだいぶ近くてうらやましい。独り暮らししてるだけでずるいと思うけど。  実家はどこかと聞いてみると、山梨県の田舎だという。  上京組か。わざわざ三流大学に来るなんてと思ったけど言わない。
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