他の人が好きになったと振られた俺は

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 だけど、1日大学やらバイトやら忙しくした後、急にこんなことを言い出した。 「1日だけ、久実子さんと二人で過ごしたらどうですか?」 「それに何の意味があるんだよ。どうせお前の体だろ。久実子が気付くはずない」 「そりゃそうですけど」  拓海はやっぱり歯切れが悪い。 「だったら、いつまでもこんなところでくすぶって俺の中に居続ける気ですか? そんなのごめんだ」  拓海はなぜか自分で自分を殴る。「いたっ」と言ったのは俺じゃない。一体何がしたいんだ。 「もう一発殴ります?」  俺に殴っているつもりだったのか。別にそんなの痛くないけど。 「わかったよ。やりゃいいんだろ」 「そういう投げやりなのやめてください」  もううるせえな。 「お前の振りでいいんならやってやるよ」 「何ですかそれ」  俺は仕方ないからしたくもないことを説明してやった。 「お前のどこがいいのか、お前じゃなきゃダメなのかを確かめるんだよ」  本当はただ、自分として久実子に会いたくなかった。  それで納得したのか拓海は「わかりました」と言う。 「じゃあ、俺睡眠薬飲むんで」 「睡眠薬?」 「そしたら自由に体動かせるでしょ」  そこまですんのかよ。正直意外だった。  そもそもこいつは俺のこと邪魔だとしか思ってないと思ったから。いや、実際そうなんだろうけど。 「そのまま乗っ取られるかもとか思わないのか?」 「乗っ取る気なんですか?」  聞き返さないでほしい。 「それができたら、最初からそうしてる」  結局他人の体を動かしたって自分ではないのだ。俺が桐生拓海だと思われるだけ。いくら本当の名前を言ったって、信じてくれる奴なんているわけない。当の拓海だって信じてくれるのに時間がかかったのだから。  意味がないことだ。わかってて拓海の提案に乗る俺はもっと馬鹿なのかもしれない。  ただ、何か事態を動かさないと、自分が消えてしまいそうで。 「あの、慎平さん」 「何だ?」 「いえ、何でもありません」  拓海が何が言いたかったのか、それは後で知ることになる。
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