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拓海の提案通り、久実子と会う約束をした後、拓海は睡眠薬を飲んだ。
しばらくして薬が効いてきたとたん、俺は自分で体を動かせるようになった。
といっても所詮拓海の体なのだが。
この姿で家に行っても仕方がない。どうせ母さんや父さんも誰だと思うはずだ。
いつもは邪魔にしか思わない両親でも、最後に一目会いたいと思う。でも、それはルール違反だ。
別に拓海の言うこと全部守ってやる必要もないのだけど、それでも、わざわざここまでしてくれる奴を裏切ることはできない。
結局俺は小心の奴なのだ。
久実子は付き合ってた時と全く変わっていなかった。
「拓海君?」
俺は拓海じゃないと思いながらも、久実子にキスをする。
「今日はなんか積極的」
拓海は久実子にずっと合わせてきたのだろうか。
俺よりそういう奴の方が良かった?
「うちに来てからね」
もう一度キスをしようとすると、そう言われた。なんか気に入らない。
「ラブホがいい」
「拓海君?」
「久実子さん、お願い」
と呼んでみた。違和感があったけど、自分が別の人間になったみたいで面白い。
「なんか今日はちょっと違うね」
あまりやり過ぎるとばれるかもしれない。
「久実子さんの行きたいとこでいいよ」
「行きたいとこ?」
そういえば、いつもラブホか久実子の家でやるだけで、デートらしいデートもしたことなかった。
「おしゃれなカフェとか、高級レストランとか」
「何それ」
「俺が奢るよ」
一応軍資金として拓海が用意してくれた。あいつも人が良すぎるんじゃないか。
「変なの」
「もしかして特別な日だった?」
と久実子が聞く。
「いつも久実子さんといる時は特別だよ」
とか言ってみる。自分じゃないから、こんな歯の浮くようなことも言えるのかもしれない。
「もう」
まんざらでもなさそうだ。拓海の株を上げてどうするんだとも思うけれど。どうせ俺はもう何もできない。
腕を組んできた。普段なら人前でこんなことしないけれど、俺は久実子に乗ってあげた。最後のはなむけだと思って。
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