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すると、突然拓海を見下ろすような形になった。
もしかして、拓海の体から抜けたのか?
「慎平さん?」
拓海が呼ぶ声が遠くでする。
「拓海君?」
「久実子さん?」
と言ったのは俺じゃない。
「なんか今日はいつもと違うね」
「そうかもしれません」
拓海は上の空で答えながら何度も俺の名前を呼んでいた。
俺は自分がどこにいるかもわからなくなって、気付いたら意識がうすれていた。
「慎平さん」
ふわふわと浮いているような感覚から、急に現実に引き戻されたような感じで、俺は目を覚ました。
久実子はいなかった。拓海の家だと気付く。俺は途中で眠ってしまったのか。
「あの後どうしたんだ?」
「急に俺に体が戻ってきたからびっくりして」
ラブホから出て家に直行したと言う。そのまま久実子とデートでもしていればいいのに。
「俺の方が聞きたいんですけど、どうして途中で」
「知るかよ」
本当はわかっている。だけど説明したくない。俺は別に久実子とやりたかったわけでも、よりを戻したかったわけでもない。ただ、どうして拓海を好きになったのか知りたかった。でも、もう十分わかった。俺になくて拓海が持っているもの。
俺はちゃんと久実子を大切にしていなかった。惚れられたからってそれに甘んじていた。自分から好きになったわけじゃないし、かっこ悪いと思ってた。でも、本当はかっこ悪いことの方が相手を喜ばせたりする。そういうの全然わかっていなかった。
それに、多分俺はもう……。
「久実子さんのこと、あきらめたんですか?」
あきらめたも何も、最初から俺なんてお呼びじゃないんだよ。
「拓海、まあ、がんばれ」
「何ですか? それ」
俺はちょっと休む。
「慎平さん?」
拓海が俺を呼ぶ声が遠ざかっていく。自分は消えるのだと思った。
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