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◇
近くで爆音が何度も響きその度に建物が大きく揺れる中、その暗い部屋に入った瞬間、ケイは思わず口元を手で覆った。
今まで経験したことのないような息ができないほどの血の匂い。
あの夜に会社のビルで経験した匂いなど比較にならないくらい…。
「……リュコス…?」
薄暗い中、ピラムの震える声が飛ぶ。
「………………」
何かにとりつかれた様に、ケイの足は動かなかった。目の前のピラムが床に崩れ落ちて譫言のように何か言っているのを、ただ…眺めていた。
「…………リュコス……ッ、ぁ…あ………兄貴……ッ」
ここまで取り乱したピラムを見たのは初めてだった。
それでも。ケイには部屋に入って行って確認する勇気はなかった。
ピラムに声をかける勇気もなかった。
ピラムの声が何か言っているのに何も聞き取れないくらい、耳がマヒしていた。
これが…神の世界。神であるアポロンにぼろぼろにされた、アウトリュコスだった真っ赤な何かを抱いて何か叫んでいるピラムと、彼らを助けるために力を貸してくれた悪魔たち。神とは…いったい。
「…………ケイ」
「あ、ああ…」
どのくらい時間が経っていたのかはわからない。呆然としているケイにいつの間にかピラムは『いつもの』口調に戻って言った。
「リュコスが隠し持ってたケリュケイオンが見つかった。こんな時でもちゃんと見えないようにしたまま隠し通すってどんな神経してるんだろうね、ったく」
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