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「あれ? いつの間にか二人だけ?」
喉をくすぐるようないい声で現れた美青年にケイが笑う。
「どこ行ってたんだよ、嵯峨。他の奴みんなとっくに先に帰ったぞ。嵐山も今帰るとこ」
「で、ケイだけまだ残業頑張るんだ」
からかうような言葉とは裏腹に、まるで人を苛立たせない不思議な声音だった。
ケイと同期入社で唯一同じ営業部に配属された嵯峨は社内でも評判の美青年で、気さくな人格と人を惹きつける魅力で特に女性の人気が高い。
ケイ自身、本来ならライバルのはずの相手だが不思議と彼と争う気が起きたことは一度もない。
「実はさ、このビルに地下階があるのって知ってた?」
「あー…なんか聞いたことありますね…。立ち入り禁止でしたっけ?」
「そうそう。今日得意先でたまたま聞いたんだけどさ、昔出たらしいよ」
「出るって…アレですか? 幽霊的なヤツ」
「なんか鬱になって会社帰りに電車に飛び込んじゃった人が自分が死んだことに気づかずにまだ毎日会社に来てるって話」
「うーわぁ…それガチなやつじゃないッスか…うちの会社だったらあり得ますってぇ」
黙々とパソコンに向かって仕事を続けるケイの向かいで二人はずっと取り留めなく談笑し続けていた。
…何が幽霊的なヤツだ。仕事がないならさっさと帰れ。
ケイが胸中呆れ返っているとも知らず、二人は更に話を続けていた。
「でさ、さっき技術開発部の人たちと今日帰る前にちょっと見に行かないかって話してて…」
「地下ですか?! うわ面白そう! 行きます行きますッ! ケイさんも行きますよねッ?!」
「あのなぁ…」
仕方なくケイが顔を上げて苦笑まじりに話しだした瞬間だった。
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