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石畳の参道を駆け抜け『哲学の道』に戻る。小川沿いの桜並木は盛りを過ぎ、枝にはほとんど花が無くなっていた。風が吹くと、残された花びらが舞い上がり、はらはらと小川の上に落ちていく。
ピンク色の花びらが流れる水面を眺めながら遊歩道を歩き、『Cafe Path』に行くと、オープンテラス席にパパが座っていた。
あたしはお店の扉には行かず、道から直接テラスに入り、
「パパ!」
と声を掛けた。
コーヒーカップに口を付けていたパパは、あたしの声を聞いて、
「結」
と視線を上げる。
「神使には会えたのか?」
「うん!みんなに報告してきた!」
背中のリュックを胸の前に下ろし、パパの隣の椅子に腰をかけながら答える。
「狛猿さんが、友達の家に命様の御力を送ってくれるって言ってた!」
「そりゃ、良かったな」
パパと喋っていると、
「結ちゃん、いらっしゃい」
店内から、お水を持った杏奈ちゃんが出て来た。あたしの前にグラスを置くと、
「今日もフレンチトースト食べる?」
と聞いてくれる。
「ううん。今日はこれから友達と動物園に遊びに行くの。ママがお弁当作ってくれてるし……」
リュックを杏奈ちゃんに指し示し、
「颯手くんもおやつを作ってくれるって言ってたから、いらない」
と首を振る。
「そういえば、そうだったわね。朝から一生懸命、颯手がクッキーを焼いてたわ。動物の形のやつ」
杏奈ちゃんが人差し指で何か動物の形を描いて笑った時、
「杏奈。バラさんといて。せっかく、結を驚かせようと思ってたのに」
颯手くんが苦笑しながら近づいて来た。手に、可愛くリボンの結ばれた袋を持っている。
「あっ、ごめんなさい!」
杏奈ちゃんがハッとしたように口元を押さえたけれど、颯手くんは特に怒るでもなく自分の奥さんに微笑みかけた後、あたしに袋を差し出した。
「友達と仲良く食べや」
「うん、ありがとう、颯手くん!」
颯手くんから袋を受け取り、いそいそとリュックの中にしまう。そして、店内に視線を向け、
「今日はお客さん、少ないの?」
と尋ねた。テラス席にはパパしかいないし、杏奈ちゃんも颯手くんも、今日はなんだかのんびりしているみたい。
「今日は少ないかな。ね、颯手」
「桜ももう終わりやしね。ピーク時より観光客は減ってる」
杏奈ちゃんの言葉に、颯手くんが頷く。
「そうやから、愛莉さんも、もうおうちに帰れるよ。かんにん、結。長い間ママを借りてて」
颯手くんがママに「はんぼうき」だけお店のお手伝いをお願いしていたことを言っているのだと分かり、あたしは「ううん」と首を振った。
「別に大丈夫。おうちにはパパがいるし。ママがいなくても平気」
そう言うと、パパは微笑み、手を伸ばして、あたしの頭を撫でた。
「誉、嬉しそうやな」
颯手くんがパパを見て、くすりと笑う。
「結が大丈夫なのだったら、私、もう少しここで働かせてもらおうかなぁ」
ママの声がしたので振り向くと、どこかの席から食器を下げて来たところなのか、グラスやお皿を乗せたトレイを持ったママが後ろに立っていた。いたずらっぽい目で、あたしを見ている。
「えっ!?う、ううん……やっぱり、ママにもおうちにいて欲しい」
慌てて首を振ると、ママは、あたしに向かって、
「甘えん坊さん」
と言って笑った。こんな風に言うの、ちょっと子供っぽかったかな。でも、あたしはパパもママも好きなんだもの。
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