2.T字路の家

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 疫鬼の金色の目が、しっかりとあたしの目を見返している。敵を見つけたという顔をして四ノ宮くんのお母さんの肩の上に立ち上がり、飛び掛かってこようとしたので、あたしは驚いて、 「ええと……『すざく げんぶ びゃっこ せいりゅう』!ええと『ほくと』!それから……」 人差し指と中指を立て、宙に縦と横に線を引きながら、うろおぼえの九字の言葉を唱えた。けれど、全部思い出すのよりも早く疫鬼が飛び付いて来ると、あたしの手首に噛みつこうとして、 「ギャアッ!」 と弾き返された。けれど、あたしは動転してしまって、 「イヤッ!」 と悲鳴を上げると、疫鬼を追い払おうと両手を振り回した。ローテーブルの上のティーカップに腕が当たり、ガチャンとカップが倒れ、紅茶がこぼれる。 「どうしたん!?神谷さん!?」  急に暴れ出したあたしに驚いて、中腰になって身を乗り出した四ノ宮くんに、 「よ、寄らないで!危ないからっ……」 と言った後、弾き飛ばされ、ひっくり返って両手足をばたばたさせている疫鬼に気づき、その足をむんずと掴んだ。 「こんの……っ!」  そのまま思い切り放り投げる。天井にぶち当たった疫鬼が、「ウギャッ」と蛙がひしゃげたような悲鳴を上げ、ぼたっと床に落ち、恨めしそうにあたしを睨んだ。あたしも負けじと睨み返していると、家の中のどこにこれだけの数が潜んでいたのかと思うほど、リビングに疫鬼が集まり始めた。キッチンの陰、ダイニングテーブルの下、テレビボードの裏。どんどん湧いて出て来る。 (こ、これは、あたしの手に負えない!)  あたしはさあっと青くなると、とっさに持って来たバッグを手に取った。 「ご、ごめん、四ノ宮くん。急用を思い出したから、あたし、帰るね!」  そう言い残し、リビングを飛び出る。 「どうしたん!?神谷さん!?」  後ろから、四ノ宮くんの声が追いかけて来る。  けれどあたしは振り返ることも出来ず、四ノ宮くんの家から逃げ出した。
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