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3.春風の音
どこをどう走って逃げたのか、気が付いたら、あたしは小学校の近くまで戻って来ていた。
体がとっても重い。それ以上に、心が重い。
(あんなに疫鬼がいる中に、四ノ宮くんを置いて来ちゃった……)
四ノ宮くんの身が心配でたまらない。けれど、力のないあたしが戻っても、きっと何もできない。
(ここの坂道上がったら、『Cafe Path』だ。杏奈ちゃんと颯手くんに言って、助けてもらおうかな……)
立ち止まって、一瞬、そんな考えが浮かんだけれど、ふたりはきっとお仕事中。
あたしは首を振ると、重たい体を引きずるように、自分のおうちに向かって、再び歩き出した。
永観堂の近くまで戻って来て、ようやくおうちに辿り着き、ただいまを言う元気もなく玄関先に座り込む。
「はぁ……はぁ……」
荒い息を吐いていたら、
「結、帰ったのか?」
パパの声と、階段を下りてくる足音が聞こえて来た。パパは階段の途中で、玄関に座り込むあたしの姿に気が付いたみたい。
「結!?どうした!?」
驚いた声を上げると、バタバタと駆け下りて来て、すぐさま玄関までやって来ると、あたしの側に膝をついた。パパはあたしの肩に触れ、
「『掛けまくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘小戸の阿波岐原に 禊祓へ給ひし時に 生り坐せる祓戸の大神等 諸の禍事罪穢 有らむをば 祓へ給ひ清め給へと 白す事を聞食せと 恐み恐みも白す』」
すらすらと祝詞を唱える。すると、すうっと体が楽になった。
「パパ……」
あたしはパパの顔を見上げると、
「わぁぁぁんっ」
こらえ切れず泣き声をあげて抱きついた。パパはあたしを抱きしめ、大きな手のひらで頭を撫でてくれながら、
「一体どこでこんな穢れを憑けて来たんだ」
と固い声で問いかけた。
「あ、あのっ……ひっく……あ、のねっ……ひっく……」
泣きながら話し出そうとしたら、パパはあたしの背中をトントンと叩いて、
「慌てなくていい。後で落ち着いたら話せ」
と優しい声で言ってくれた。
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