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遠い遠い北の果てにある、深い深い森の中……。
そこには小さな女の子が、優しい両親と一緒に仲良く暮らしていました。
「パパはこれから街へお仕事に行ってくるけど、エリナは良い子でお留守番できるかな?」
「うん! 大丈夫だよ」
「ははは、えらいぞエリナ! ママのお手伝いをして待っててくれたら、街で流行りの美味しいお菓子をいっぱい買ってきてあげるからな」
「ほんとうに? わ~い! パパ大好き!」
このあたりでは冬になるとたくさん雪が降るため、お父さんは何日ものあいだ街の工場へと働きに出掛けるのでした。
「パパ~! いってらっしゃ~い! お土産忘れないでね~!」
元気にお父さんを見送ったあと、女の子は暖炉の前に腰を下ろしお気に入りの絵本を読み始めました。
絵本の中には自分と同じくらいの小さな子ども達が楽しそうに遊んだり、おやつを食べたりしている姿が描かれています。
「ねぇママ? 『お友達』って一緒に遊んでくれる子の事を言うの?」
まわりには自分と同じ年齢の子どもが居ないので、女の子はいつも1人で遊んでいました。
なので絵本の中に描かれている『お友達』と言うのがどんな存在なのか、それがよく分かりません。
そんな女の子にお母さんは優しく答えます。
「お友達って言うのはね、ただ遊んでくれるだけの人の事じゃないのよ」
「そうなの?」
「エリナに嬉しい事があった時は一緒に喜んでくれて……悲しい事があった時は一緒に泣いてくれて……困った時にはお話を聞いて助けてくれたり……悪い事をしたら叱ってくれたり……そんな、いつも一緒に居てくれる、大切な大切な人の事なのよ」
「へぇ~……私もお友達が欲しいな~」
女の子は絵本の中で楽しそうに笑っている子ども達を、いつまでも羨ましそうに見つめていました。
その日の夜は気温がぐっと下がり、冬になって初めての雪が降り始めました。
雪は一晩中降り続き、女の子が目を覚ます頃には森は真っ白な世界へと変わっていました。
「凄い凄い! ママ、お外が真っ白になってるよ」
窓から外を見た女の子は急いで着替えを済ませ、家の外へと飛び出して行きました。
新雪の中に足跡をつけたり雪玉を作って投げてみたり、一通り楽しんだあと女の子は何かを思いついたのか雪をたくさん集め始めました。
「よいしょっ、よいしょっ……これをこうして……炭でお顔を作って……」
しばらくすると、女の子の背丈ほどある大きな雪だるまが完成しました。
「できた~! あなたのお名前は……え~っと……んっと……そう! あなたのお名前はドゥルークね」
女の子は雪だるまに名前をつけてお話を始めます。
「はじめましてドゥルークくん、私の名前はエリナです、お友達になりましょうね」
この日から女の子は毎日のように雪だるまに話しかけるようになりました。
「おはようドゥルークくん、今日はママがおいしいケーキを焼いてくれるんだって、楽しみね~」
嬉しいお話をする時は炭の位置を変えて雪だるまの表情を笑い顔にし。
「今日はお皿を割ってママに怒られちゃった……」
悲しいお話をする時は雪だるまの表情を泣き顔にして、そうやって自分の想いや出来事の全てを語り掛けていました。
そんなある日の朝、女の子がいつものように雪だるまに挨拶をしようと外に出ると一匹のキツネがこちらを伺っています。
「あっ、キツネさんだ……ナデナデしたいけど……でもパパと一緒じゃないとちょっと怖いな……」
女の子は扉の影に隠れてしばらく様子を見ていました。
キツネは女の子が居る事など気にもせず、どんどん雪だるまの方へと近づいてきます。
「もしかしてドゥルークくんを壊すつもりなの?」
女の子は勇気を振り絞り、両手を広げて雪だるまの前に立ちはだかりました。
「来ちゃダメ~! ドゥルークくんは私の大切なお友達なんだから! あっちに行って!」
目には涙をいっぱい溜め、体の震えも止まりません。
それでも女の子は雪だるまの前から動くことなくキツネを睨み続けました。
しばらくするとキツネは身をひるがえし森の奥へと消えて行きましたが、女の子は涙を止める事ができませんでした。
怖いのを我慢して必死に自分を守ってくれた優しい女の子……その子が目の前で泣いている……。
その様子をじっと見ていた雪だるまに、とても不思議な事が起こりました。
「……ダイ……ジョウブ……」
「え?……」
「エリナチャン……ボク……ダイジョウブ……ナカナイデ……」
女の子は驚いて雪だるまを見つめます。
「ドゥールクくん……お話ができるの?」
「ウン……」
「凄い凄い凄い!」
女の子は初めて『お友達』と会話が出来た事に大喜びです。
その日からは今まで以上にお話をするようになり、毎日が楽しくて楽しくて仕方がありませんでした。
そんなある日の朝、雪だるまはいつものように女の子を待っていましたが、いつまで経っても女の子は家から出てきません。
雪だるまは心配になって窓から中の様子を伺いました。
「エリナ……お熱が下がらないわね……」
「ママ……苦しいよう……」
どうやら女の子は風邪をひいてしまい熱が出ているようです。
でも深い森の中からお医者様の所へ行くには、街まで雪の中を2時間以上歩いて行くしかありません。
お母さんは考えた末、自分が街まで歩いていってお医者様を呼んで来ることにしました。
「すぐに帰ってくるから……だから少しだけ頑張ってね」
「……うん」
お母さんは暖炉に薪をくべお部屋を暖かくし、雪を詰めた袋を女の子の額に乗せ、そのあと街へと歩いて行きました。
雪だるまはその様子を窓から眺めていましたが、すぐに女の子の額に乗せた雪が溶けてしまっている事に気が付きます。
新しい雪を乗せてあげたいけど、腕の無い雪だるまは外にある雪を運ぶ事ができません。
しばらく考えたあと、雪だるまは家の中へ入っていき、自分の体を女の子の額に当てました。
雪だるまの体は額に触れている部分から少しずつ溶けて消え始めていますが、それでも女の子を冷やす事はやめません。
少しだけ楽になったのか、女の子は目を覚まし雪だるまが傍にいる事に気が付きました。
「ドゥルークくん……来てくれたの?」
「ウン……エリナチャン……ダイジョウブ?」
「私は大丈夫だよ……それよりも、暖かいお部屋で私に触ってたらドゥルークくんが溶けちゃうよ」
女の子は自分に触れている雪だるまを離そうと思いましたが、熱で体が思うように動きません。
「ダイジョウブ……ボクハカミサマガ……イノチヲクレタカラ……トケタリシナインダヨ……」
「……ほんとうに?」
「ウン……」
「……えへへ……ドゥルークくん凄いね」
「エッヘン……」
雪だるまは誇らしげな表情で女の子を優しく見つめます。
「ダカラ……アンシンシテ……オネムシテネ……」
「ありがとうドゥルークくん……これからもずっと一緒に居てね……」
「ウン……エリナチャン……タイセツナトモダチ……ズットズット……ココニイルヨ」
しばらくすると女の子は安心したのか、小さな寝息をたてて眠りにつきました。
そのあいだも雪だるまの体は少しずつ少しずつ溶けて小さくなっていきます。
どれくらい時間が経ったのでしょうか……。
雪だるまの体はほんの一握りの、小さな小さな塊になっていました。
「ネェ……ボクノコエ……マダキコエテル……カナ?」
「…………」
「ウソツイテ……ゴメンネ……」
「…………」
「イッショニ……イテアゲラレナクテ……ゴメンネ……」
「…………」
「ボク……エリナチャント……トモダチニナレテ……タノ……シ…………」
とうとう雪だるまの体は全部溶けて、消えてしまいました。
そこへお母さんが街からお医者様と一緒に帰ってきました。
袋に詰めた雪はすぐに溶けてしまうのは分かっていたので、女の子の容態が悪化していないか心配していましたが、額に手を当てるとつい先ほどまで冷やされていた形跡が感じられ、これは神様の起こしてくださった奇跡なのだと喜びました。
次の日の朝、すっかり熱の下がった女の子は元気に起き上がり雪だるまに挨拶をします。
「おはようドゥルークくん! 昨日はありがとうね」
でも女の子の言葉に返事はありませんでした。
いつもの玄関の前に戻っているのだと思い窓から外を見てみても、そこに雪だるまの姿はありません。
「ねぇ! ドゥルークくんどこにいるの? 隠れてないでお返事してよ!」
女の子は家の中を探し回り、ベットの横に落ちている数本の炭を見つけました。
そして……。
雪だるまが自分の熱を下げるために溶けて消えてしまった事を理解したのでした。
お友達を失った悲しみは大きく、女の子は何日も何日も泣き続けました。
そんなある日の夜、森にまた雪が降り始めました。
雪は静かに静かに降り続き、森を覆いつくしていきます。
女の子は窓からその様子を眺めていましたが、ふと誰かの声が聞こえたような気がしました。
「だれ? だれか私を呼んだ?」
女の子は小さな声の主を探すように、目を閉じて耳に神経を集めます。
「……エリナ……チャン……」
「!?」
かすかだけど、確かに自分の名前を呼ぶ声が聞こえます。
「ドゥルークくん! ドゥルークくんなの!」
慌てて着替えを済ませ外に出てみますが、そこは一面真っ白な世界で、雪だるまの姿はどこにも見当たりません。
「気のせいだったのかな……」
女の子は足元の雪を両手ですくい上げ、大きな溜息をつきながら夜空を見上げます。
真っ黒な空からは雪が次から次へと降り注ぎ、その中の1つが女の子の手の中に落ちました。
すると、今度はハッキリと自分を呼ぶ声が聞こえます。
「エリナチャン……」
そこには雪の結晶に混ざった、小さな小さな雪だるまの姿がありました。
溶けて水になった雪だるまは蒸発して空へとのぼり……。
そして、新しい雪に生まれ変わって女の子の元へと戻ってきたのです。
女の子は大喜びで雪をかき集め、元通りの大きさの雪だるまを作りました。
「おかえりなさいドゥルークくん!」
「タダイマ……エリナチャン……」
言いたい事はいっぱいあったのに、女の子は嬉しさのあまり、次から次へと涙がこぼれ落ちてきて言葉になりません。
そんな女の子に雪だるまは優しい表情で語り掛けました。
「ゴメンネエリナチャン……
コレカラハ……ズット……
イツマデモズット……イッショダヨ……」
-おしまい-
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