あらいぐまのこわい夢

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あらいぐまのこわい夢

バクは、森のどうぶつたちの悪夢をたべものとしていました。 悪夢をかぎつけ、こっそり寝ているどうぶつのからだに鼻をつけ、 思いっきり息を吸うのです。 そうすると、見ている悪夢から楽しい夢へ早がわりします。 きょうは、イノシシの夢をいただきました。 たべものを求めて人間の村におり、作物をあさっていたところを ひとに見つかりほうきで叩かれながら追い払われている、 痛い夢でした。 バクはイノシシのあたまで深く息を吸うと、 とたんに心地の良い寝顔になって眠りつづけました。 「おやすみなさい、イノシシさん」 そういって、起こさないように去るのでした。 一通り森をまわるとおなかいっぱいになりますが、 おそい時間にかならず会いにいくどうぶつがいます。 あらいぐまの子どもです。 バクはあらいぐまがねむる時間を見はからって、 いつもこの時間に現れます。 けして高くない木のえだに、あらいぐまは寝ています。 「またきみは、おなじ夢をみているのかな…」 ゆっくりと、息を吸います。 バクは目をとじると、まぶたの中はずっと真っくらです。 いつまでも闇がつづいて、バクは目を開けます。 あらいぐまは先ほどとはちがう、おだやかな顔で眠っています。 そう、あらいぐまは、ただたんに暗やみが怖いだけでした。 「おやすみ、あらいぐまくん」 バクは”暗やみが怖い”という子どもらしいゆめが 微笑ましいものですが、 このあらいぐまの悪夢はいつも真っくらなのです。 それでも、バクはおいしい食事にありつけるので あらいぐまの元へ毎日通いました。 ある日の昼下がり、バクは昨夜おなかいっぱい夢を食べたので ごきげんでした。 「きょうはお昼寝をやめて、ひさしぶりにお散歩をしよう」 ちょっと眠気まなこでしたが、 のんびりとした足どりで森をまわりました。 いつも悪夢をたべているどうぶつたちが、元気に過ごしています。 「あんな怖いゆめをみていても、現実ではとてもたのしそう」 バクが悪夢をとりはらってくれるおかげで、 どうぶつたちは目覚めのいい朝を迎えることができるのでした。 バクは川辺にきました。 「こんな遠くまできてしまったのか。 そろそろもどらないと」 バクが引き返そうとしたところでした。 にぎやかな声がきこえてきます。 そちらのほうへ目をやると、 毎日寝顔をみるあらいぐまの姿もありました。 起きているときのあらいぐまははじめてだったので、 バクはふしぎな気持ちになりました。 なぜだか、会ってはいけない気がして、 とっさに岩のかげに隠れてしまいました。 そこからあらいぐまたちの会話を聞きます。 「おい! こんな川も渡れないとか言わないよな?」 「あらいぐまくんは、とっても勇敢で怖いもの知らずだものね!」 「へ! こんな川、どうってことないや!  見てろよ、すぐに向こうに行ってもどってくるから」 バクには、あらいぐまはどう見ても 強がっているようにしか見えませんでした。 ちょっと震えているようにもみえるあらいぐまが、 川に足をつけます。 「みてろよ」 そういって、流れのはやい川を泳ぎます。 ちょっと流されているようにもみえますが、 賢明に手足をばたつかせていました。 水を飲みこんでしまうほど、 川にもまれながらも向こう岸になんとか着きました。 あらいぐまはなんともないと言った顔でいいます。 「ほらな! ぼくは怖いものなんて、なにひとつないんだよ!」 「すごいわ、あらいぐまくん」 「やっぱりおまえは強いな! 尊敬するよ!」 みんなに褒められて、あらいぐまは自慢げでした。 「そろそろ戻るから、待っててくれ!」 そして、ふたたび川を渡ります。 先ほどより、すこし流れがはやくなっていて、 あらいぐまの泳ぎもぎこちないものになっていきます。 「ねぇ、あらいぐまくん、大丈夫かしら」 「さっきより辛そう……あ!」 一匹のあらいぐまが、川を指さしました。 泳いでいたあらいぐまの姿がありません。 すると、ばしゃん!と下流のほうからあらいぐまは顔をだしました。 「やだ! 流されてる!」 「あらいぐまくん!」 あらいぐまの子どもたちは、小さな手足でけんめいに走ります。 見守っていたバクも、いてもたってもいられず駆け出します。 子どものあらいぐまたちを簡単に追い抜き、 流されているあらいぐまに先回りしました。 「いますぐ、たすけるからね」 水につかって、あらいぐまが流されてくるのを待ちます。 「つかまえた!」 バクはあらいぐまを口でつかみとり、岸へあがりました。 友だちのあらいぐまは心配そうに見ています。 けほけほと、水を吐き出すと 「ちょっと、足をすべらせちゃった」 苦しい表情をしながら、みんなに言いました。 「バクさん、ありがとうございます」 「もう、危ないことをしちゃだめだよ」 バクは、間一髪で助けられたことにほっとします。 なんてこの子はひやひやさせるんだ… 水を吐き出したあらいぐまは、 すぐに元気をとりつくろい、言いました。 「こんどは誰がいちばん早く木に登れるか競争だ!」 そういって、あらいぐまたちは楽しそうに 森のほうへと去っていきました。 けっして辛い表情をみせないあらいぐまに、 バクは心配そうに見送ります。 そして、しずかになった川辺をあとにしました。 その日の夜。 おなかいっぱいになったのにもかかわらず、 あらいぐまの元へと向かいました。 きょうは特につかれて、ぐっすり眠っているにちがいない いつもの木にやってくると、あらいぐまはまだ起きていました。 バクに気づいたあらいぐまは、 一瞬だれかとおもって、身をこわばらせたものの、 すぐに命の恩人のバクだとわかりました。 「バクさん!」 木のえだに横になっていたあらいぐまが、 バクの元へとやってきます。 「きょうは本当にありがとう。 あのまま流されてたら、ぼくは…」 「いいんだよ。 無事でよかった」 バクはにっこりと笑いましたが、 あらいぐまはすぐに浮かない顔になりました。 バクはおもわず、あらいぐまに尋ねました。 「どうしたんだい? なにか心配ごとでもあるの?」 もじもじと、言うか言わないか迷っているようです。 日中の強がっているあらいぐまからは想像できませんでした。 ちょっと間があいたあとに、バクに聞きます。 「大人のバクさんの怖いものってなに?」 「ぼくの怖いもの?」 しばらく考えたあと、 「食べられること、がけから落ちること、人間に捕まっちゃうこと、  森のどうぶつたちがいなくなること、  あと、川に流されちゃうことかな」 「おとなでも、怖いものがたくさんあるんだね」 「おとなだからこそ、たくさん見たり聞いたりしているから  想像してしまうんだよ。  きみの怖いとおもうことはなに?」 「ぼくは…」 あらいぐまは言葉をつまらせました。 そして、なかなか切り出せずにいた話を やっとはなしはじめます。 「ぼくは、怖いものがたくさんある。 たぶん、みんな以上に。  強がってみせているけれど、足がふるえて怖いこともある。  でも、みんなにぼくは勇敢で頼りになるって思われているから…」 バクは思いました。 まっくらな悪夢をみるのは、くらやみが怖いんじゃなくて こわがっていることを他人に悟られないように いつもひとりでがんばっているからなんだね ゆめのなかでも… はじめて本音をはなしたあらいぐまは、はずかしそうに言います。 「かっこ悪いでしょ。   あんなにいい姿を見せようと必死だったぼくが、溺れたなんて」 「そんなことないよ。   怖いものがあって当然だし、  怖いとおもうことで危険な目にあうことも少なくなるんだ。  子どもだからこそ、悪夢をみたほうがいいこともあるんだよ」 バクは、やさしい口調であらいぐまに言い聞かせました。 それを素直に、うん、うん、と、 たしかにあらいぐまはうけとります。 しまいにはぽろぽろと涙をこぼしました。 そんな子どもらしいあらいぐまになって、バクは安心しました。 強がっていた態度が、だんだんとほぐれていきます。 さいごにバクは、 「なみだも、はずかしいことじゃないよ」 「うん…!」 あらいぐまは涙をぬぐって、バクにお礼をいいました。 なんだかすっきりした、と。 その言葉をきいて、安心したバクはその場をあとにしました。 毎日眠っているあらいぐまからは わからなかった悩みを聞けたことに、 なんだか親のような感情を抱きました。 きょうは特別おなかがすいたので、 森のどうぶつたちの悪夢をたくさんたべました。 さいごに、眠っているだろうあらいぐまのところへ行きます。 すぅーっと、息をすいこむと… いつもの暗やみではなく、 川でおぼれてしまう夢をみているようです。 苦しげで涙をこぼしていたあらいぐまでしたが、 バクのおかげで、すぐに気持ちよさそうな寝顔になりました。 あらいぐまは、川で溺れる夢から バクに助けられた夢にかわったのです。
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