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鷹望 様作 宮木りな
りなのイラストを、鷹望 様に描いて頂きました。
https://estar.jp/pictures/25761848
鷹望 様 https://estar.jp/users/83488148
シーントーク:(出演:りな・牧・未汝・兵士)
場面設定:1月中旬。某会議室内。
眠れるわけがない。
失敗すれば、人の命が失われてしまうのだから。
りな「状況を報告して下さい。現場に動きはあったのですか?」
中東にあるシラルという国に置かれた竜華燕国の大使館が、テロリストに占拠されたのは5日前。
その知らせを受けた時、軍のお偉方は主要5か国との会談に出席するため出払っており、参謀に適性のある人間として長官が指名したのはりなだった。
指名を受けたりなは、すぐに現地とリモートを繋ぎ、対策を講じ始めた。
目撃者の証言も合わせて現場の状況を出来る限り正確に把握し、テロリストに突き付けられた要求にどう対処するのかを考え、大使館を包囲しながら待機している兵士達へ指示を飛ばす。
りな「さて、テロリストからの要求、金と逃走車と囚人の解放をどうするべきか……」
ありきたりな要求だ。
要求金額も、人質の人数からしたらまぁ妥当だろうと思われる額だったし、別に国庫から出せなくもない。
かと言って、「はいどうぞ」などと易々とご提供するわけにもいかない。そんなことをすれば、我が国の大使館はテロリストに狙われ放題になってしまう。
りな「解放を求められた囚人のリストとそのプロフィール、用意できましたか?」
渡されたリストとプロフィールに目を通して、りなはまたもや違和感を覚えた。
何かが引っかかる。
殺人など重罪人も含まれているが、中には食材を盗んだだけのような軽犯罪で収容された者もいる。
プロフィールに至っては、元傭兵から主婦まで様々。
―― 一体、共通点は何だ?
兵士「りな様、テロリストからの新たな要求です。先日の要求が果たされるまで、毎日、50人分の水と食料を差し入れるように、と」
りな「毎日、50人分の水と食料ですか?」
その人数はりなが把握している限り、大使館内に人質として捕らえられている人数に、テロリストをちょうど足したくらいの人数だ。
大使館が占拠されて5日。そろそろ大使館内に残っている非常食も底をついてくる時期だろう。
人質の分も要求してくるあたりはどう捉えるべきか。
人質としての価値を無くさせない為か、それともそのくらいの良心は残っていると見るべきか……。
兵士「りな様、テロリストの姿を監視カメラが捉えたと連絡が」
りな「その映像、すぐにモニターに出して下さい」
そうして映し出された映像を見たりなは、手を挙げて兵士に合図する。
りな「今のところ、30秒前から再生できますか? そう、止めて」
一時停止された画像をまじまじと凝視する。
暫くそうしていると、彼は思い立ったように席を立った。
りな「そこにある囚人のリストとプロフィールを持って来て下さい。資料室に行ってきます」
何を考えているのか分からないとばかりの兵士をよそに、りなは一人急ぎ足で資料室へと向かう。
部屋に入るなり中をざっと見渡すと、目的のジャンルを見つけたのか早足で書棚へ進んだ。その中からいくつか本を取り出し、パラパラとめくる。
兵士「りな様、一体……」
問いかけには答えない。
彼の手と目は、止まることなくページを繰っていく。
数冊繰り返して、ある時それがピタリと止まった。
りな「やはり、そういうことですか」
テロの目的が分かったとばかりに、りなは嘆息した。
根本原因の解決には骨が折れそうだと言わんばかりの苦い顔をしている。
その表情を見た兵士達は、どういうこと? と首を傾げた。その兵士達に見えるように、りなは手に持つ本の向きを変えて、胸の前で掲げて見せる。
りな「この紋様、先程の映像に映っていたテロリストの服の間から見え隠れしていました。とある少数民族の織物によく使われている柄なんです」
赤、黄、緑、青の4色を独特の配列で組み合わせて作るこの紋様は、シラル国で弾圧され続けている少数民族、セラストが愛用しているものだ。
りなは仕事柄、世界情勢も情報収集しては記憶している。それは遠く離れた小さな国であるシラル国のことも例外ではない。
今回の大使館襲撃の背景として、シラル国が抱える民族紛争のことが少なからずりなの脳裏にチラついていたのは言うまでもない。だからこそ、紋様を見てもしやと思い、確証となる資料を探していたのだ。
りな「一見すると囚人リストにある人々に共通点はありません。でも、これが同じ民族の人間なのだとしたら繋がる可能性があります。……プロフィールにはそこまで詳細なものはありませんから、確実な共通項だとは言えませんが、今はその可能性を信じて次の手を打ちます」
兵士「次の手、というのは?」
りな「民族弾圧を完全に止めることは出来ずとも、シラル国にその人権を踏みにじらせないよう約束させる手立てを考えます」
兵士「内政干渉と言われかねませんよ。下手をすれば、シラル国内の問題を我が国が当事者として抱えることにもなりかねません」
りな「では、大使館の職員を見殺しにしますか?……出来ないでしょう? 王に相談して、どこまでの支援が出来るのか解決の道を探しましょう。それが無理なら、テロリストの要求を呑むことで決着させます」
随分と大きなことを言うと、兵士達は思った。
要求を飲むだけの方が楽なのだ。それなのに、根本原因までどうこうしようと考えるりなに、何故そんな面倒で時間のかかることをわざわざやるのかと思ってしまう。
りなはその足で王室へと向かうと、国王である牧に自分の考えを話した。
牧は最初は難しい顔をしていたが、りなが提示した将来性のある話に心を決めたようで、早々にシラル国の首長に連絡を取った。
そしてりなはその間、政務官にこの提示した内容をまとめて国家間で協約を結ぶための草案作成を指示し、この後の交渉に本腰を入れる為、仮眠を取るのだった。
数時間後。
「話がついたぞ」と牧に起こされたりなは、仮眠を取ってすっきりした頭を冴えわたらせて、草案に目を通した。
時間が惜しいので、廊下を歩きながら読み下す。
りな「この数時間、一体何をしていたんです? これ、全く使えない草稿ですが、本当に頭使って考えた内容なんですか?」
頭の切れ味と共に冴えわたる毒舌に、政務官の精神がしおれていく。
廊下にひらり、ひらりと舞い踊る紙の葉は、瑞々しさを手放した政務官の心が、枯れ葉の如く枝から落ちて没していく光景を体現しているかのようだ。
文字通り残された足跡からは、悲哀すら感じる。
そんな些末なことはどこ吹く風とばかりの彼の綺麗な顔には、「全然ダメ。使い物にならない」と辛辣な感想を抱いていることが、素直に隠すことなく表れていた。
ひと眠りして、栄養満点な若葉のような彼と、その後ろを行く政務官の表情は実に対照的だ。
どう見積もっても、年齢だけが原因とは言えないだろう。
りな「時間がありません。自分で作った方が早そうですね」
王室にある自分のデスクに向かうと、カタカタとキーボードを叩く。
画面に並ぶ文字を目で追いながら、手を休めることなく草案を作っていく様は、人質だけでなくこの事件に関わることになった人全てを救おうと、真摯に向き合っていることがヒシヒシと伝わってくる。
まだ10代の若者だからこその純真さがそうさせるのか、彼の気質によるところなのか、はたまた両方なのかは定かではない。
しかし普段の彼の、人を避けるような行動からは、考え難い程に真剣に、問題解決に取り組んでいた。
書き上がった原稿を印刷し、ざっと目を走らせて確認をすると、りなは牧にそれを提出する。
受け取った牧は、斜め読みをするかのような速度で目を通し、りなに草案を返した。
牧「良く出来ている。シラルの首長には、俺から話を通す。りな、お前はテロリストの方を任せていいか?」
りな「はい。この草案がそのまま通ると思って良いんですよね?」
牧「ああ。お前から提案を受けた話そのままを伝えて、合意してくれているからな」
りな「分かりました。では、交渉してきます」
りなは現地とリモートで繋がっている部屋へと戻り、テロリストと話が出来るように取り計らって欲しいと伝えた。
それから待つこと1時間。リモート映像がテロリストと繋がった。
傍で見守る兵士達は、一体りながどんな提案をするのか、不謹慎ながら好奇心でいっぱいだった。
そんな兵士たちの心境も知らず、りなは流暢な英語で話し始める。
兵士達は思った。
―― これ、英語出来ないと何話してるのか分からない……と。
1時間半という時間をかけてテロリストを説得したりなは、大使館員が無事に解放、現地で待機している兵士達に保護されたことを確認して、ふぅっと息をついた。
途中、話がこじれかけた場面もあったり、何故か地図を出してきて見ていた時もあったが、りなは冷静に対応して事なきを得たようだった。
兵士「りな様。一体、どんな提案をされたんですか?」
学校で習ったとはいえ、勉強が苦手な人間の多い脳筋兵団だ。外国語が堪能な人材は、きっと数少ないことだろう。
りなは、何のことはないように答えた。
りな「この民族弾圧の元凶は、水源の汚染が始まりです。そしてそれは現在も改善されていません。国としては、水源を汚染されては死活問題です。ですのでシラルの首長には、我が国の技術を提供し、浄化するというお約束を。そして元凶であるこの民族、セラストの皆さんには、水源の汚染をやめて頂くよう話をしました」
兵士「それが出来ていれば、こんな民族弾圧にはならなかったのでは?」
りな「問題はそこなのです。この民族の宗教文化が、この水源汚染の元凶になっています。その文化をやめろと言ったところで、信仰を捻じ曲げることは出来ません。生活排水なら下水道を整備すれば済む話ですが、宗教上の神事は完全に禁止することは出来ませんし、反発も相当です。ですので、水源を分けることにしました」
りなは、テーブルに開きっぱなしにしてあった地図を示す。
りな「この川は途中、山脈を避けるようにして左に流れています。なので、右にも流れを作り、その先にダムを設け、これを国内の水源にする。ダムからの水の逃げ道は、そのまま近場の海に流してしまうことにします。この地図で見る限り、この山の右側は平地がほとんどなく海になっていますからね。ただ、左を行く元の川の水を汚染したままで良いわけではありません。いくら浄化をしたとしても、遺体をそのまま流されては困るわけです」
兵士「遺体を……」
それは、浄化する施設にいくつもの遺体が流れ着くことになるんだろうなと、兵士はその光景を想像して身震いした。
りな「何故遺体を川に流すのか、その宗教的な考え方を聞いたところ、水の流れに乗せることで生まれ変わるというお話でしたので、その川でなくとも良いのでは?とお聞きしました。そこはどこの川でも構わないということでしたので、右に作るダムの水を逃がす方の川へ流すようにお願いをしました。ダムの水さえ汚染しなければ、その水は国内を流れずに海へ直行ですからね。現在の川はシラル国内を流れますから、気持ち的にも避けて欲しいところです。そして出来れば、灰にしてから流して欲しい旨もお願いしました」
兵士「それは、了承してくれたんですか?」
りな「灰にするかどうかは、皆さんで一度話し合うそうです。ですが、宗教の考え方を聞く限りは、灰にしてはならないというわけではなさそうですので、可能性はあると思いますよ。ただ、宗教が絡むと難しいですからね。全てが全て、上手く行くとは限りませんから、今回は運が良かったと思います」
民族紛争自体がこれで全て解決するとは思えないけれども、一歩前進はするのではないか。そんな締めくくりの言葉に、兵士はやはり凄い子だなと感心した目を向けた。
未汝「りなちゃ~ん!! テロリストとの交渉、終わったって?」
元気な声を上げながら、第2姫である未汝が入ってくると、りなの身体に疲労感がどっと押し寄せた。
りな「えぇ、無事に」
未汝「一体どんな利益を今回はGETしたの?」
未汝の言葉に、兵士達は眉をひそめた。
おかしい。
普通、テロリストとの交渉で利益なんぞGETできない。この姫は、状況が分かっているのだろうか?
そんなことを思っていたら、りなが深い溜息を吐いた。
りな「そちらは王次第ですが……まず間違いなく、今世界が注目しているステルス鉱物が手に入ると思いますよ。都合よく、山を切り崩す方向で話がまとまりましたしね。ついでに拾えると思います」
ついでって何だ? 一石二鳥をこんな時にも狙ってきっちり撃ち落としてくる辺り、有能の一言じゃ済まないのではなかろうか、この神童は……!!!
未汝「相変わらず、がめついんだから」
りな「聞き捨てなりませんね。我が国の税金を投入して他国に支援するわけです。ボランティアばかりしていては、国民が怒り狂うでしょう。少しは還元がなくてはいけません」
この場合、少しの還元になるのだろうか?
そんな些細な疑問もそこそこに、りなは溜まったストレスを癒す方へ舵を切った。
否、未汝にとっては蛇に睨まれたカエルの気分を味わう航路であるが、彼はそんなことお構いなしだ。
りな「それで未汝姫。先日お渡ししたプリント、出来ましたか?」
この事件が起こる前日に作って渡した受験対策プリントだ。
未汝が苦手とする単元をこれでもかと詰め込んだ、苦手克服プログラムである。
未汝「えっと……」
視線が、明後日の方を向いた。
その様子を見て、疲れ果てた彼の目が、獲物を見つけた猫のように細められて生き生きと輝きだす。
りな「どの程度出来たのか、見せて下さい。すみませんが、この部屋の片づけ、お願いしますね」
後半はそこに控えた兵士にかけた言葉だ。
りなは彼らを残して、まるで未汝の首根っこを引っ掴むかのように意気揚々と彼女を引っ立てて行った。
それはそれは、軽い足取りで。
その後。
未汝の部屋でも哀愁を漂わせた紙の葉が、はらりはらりと枯れ葉のように舞い落ちて、堆積していった。
りなの手からプリントが一枚離れる度に、その目元は険を帯びていく。
りな「一体、どの問題を解いたんです? 真っ白じゃありませんか」
一つも解いてない、などとは口が裂けても言えない。
未汝「……だって、分からなかったんだもん。そもそもこれ、応用問題ばっかりで基本問題ないし!!」
りな「これは基礎基本にあたる問題ですが?」
りなが指で示す問題は、A4プリントの中ほど、50問中の1問だ。
床に散らばり、土へ返ることのない紙切れを含めたら、何問中になることやら。それこそ、砂利の中からダイヤモンドの原石を見つけるような確率である。
誰か、このプリントを分解する微生物を培養してはくれないだろうか。
未汝「そんな何十枚もある内の1問を示されたって、全部問題見てないし」
りな「言い訳にもなりませんね」
国の大事を解決するよりも、この姫のオツムを何とかすることの方が、よっぽど無理難題ではなかろうかと思うりななのだった。
Fin.
高杜観覧感想文:
2021年のお正月。
りなだ。仕事人間りながここに降臨しておられる。
「お正月早々何寝とぼけたこと言ってるんですかアナタは。やり直し」と言わんばかりのイライラっぷりを発揮したりなが!!!
どんなSSにしようかと色々考えて、やっぱりいつもの勉強云々一辺倒ではなく、何かちょっと無理難題片付けるカッコイイりなが見たいよね。と勇んで脳内検索。引っかかったのは海外で起きた某事件でした。それを元に、いかにSSらしく短くまとめるのか、に試行錯誤したお話です。
遅くなりまして、すみません。
それにしても、ひらりひらりと足跡を残すように書類をポイポイするりながステキなイラストで見られるとは!!
こらっ、拾う人間のこともちゃんと考えるんだぞ☆
と頬を緩ませまくりながら思った私は親バカです。
鷹望さん。仕事に追われるイライラした出来る男りなを、ありがとうございました!!
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