彼女が俺で、俺が彼女で

俺のカラダと彼女の誤算

その日、俺は大きめの病院に来ていた。
人間ドッグを受けるためだ。本当は少し検査をすればそれでよかった。何もなければ、ただ少し疲れていただけだと。

記憶が少しの時間飛ぶのも、異様に眠くなってしまうのも、全部疲れのせいだと。

近所のクリニックで簡易的な検査、血液検査などをしてみたところ、もう少し大きい病院で念のため人間ドッグを受けてみないかと言われた。
それを彼女に言うとひどく困惑していた。

『え、何、それってもしかしてってこと……？』
「やめろよ、念のためだろ。お前、俺を怖がらせること言うなよ」
『だって、だって……君の身体、健康だって……だから私』
「？　とりあえず、来週の土曜日にまた病院行ってくるから。紹介状も書いてもらったし、予約もしてきた」
『……』
「おーい？」

そのあと、彼女は俺が話しかけても何か真剣な、いや、影のある表情で黙り込んでしまった。

あれよあれよと1週間が過ぎる。
その1週間は、先週を思い起こすととても穏やかな日々だった。特に記憶が飛ぶわけでもない。眠気がひどいわけでもない。
ただ、先週の女性向け企画書のクオリティを別の企画書に出すことができず、後輩にからかわれたりはした。

「ったく、俺先輩。おまえ、後輩」
「えー。でも、今週の先輩の企画書じゃ、私の方がもっとうまくまとめられますね！！」
「言い過ぎ。お前の企画書読みづらい。日本語勉強しなおせ。「ら」抜き言葉を企画書に出すな」
「えー。現代風にアレンジしたっていってくださーい」
「そこは「えー」じゃない、「はい」だろう「はい」」
「えー」

まったくもって平和だった。
人間ドッグを勧められたときは、内心バクバクしていたが、普通の生活を続ければその気持ちも小さくなってくる。

が、いざ病院に行くとなると、やはりそのバクバクが俺の心臓に戻ってくる。
お前、戻ってこなくていいから。なんで律儀に俺の心臓に戻ってくるかな……。もっと心臓に毛の生えてそうなヤツの所に行けばよかったのに。

先週と同じように玄関で靴を履き、「行ってくるな」と彼女に声をかける。
だが彼女の表情は先週と違った。すごく複雑で不安そうな顔をしていた。まだ結果が出るわけでもなく、念のためだと念を押していたのに俺より絶望的な顔をしている。
そう、複雑で不安そうで、絶望的な顔だ。

「おーい、行ってくるから」
『！　あ、うん、いってらっしゃい……気をつけてね』
「お、おう……。なぁ、大丈夫か？」
『……』
「？　おーい」
『っ！　あ、いってらっしゃい！』

そんな複雑で不安そうで、絶望的な顔をした彼女に見送られ、俺は病院に行く。
ったく、そんな顔されると俺の身体に異常があるって確定してるみたいじゃないか。そんな不吉なこと、あってたまるか。