2

1/1
前へ
/6ページ
次へ

2

 あれほど荒れ狂っていた心はすっかり凪いでいる。火傷のような疼きも今はもう感じない。さんざん暴れて、おとなしくなってしまった。 「…なあ、どうだった?思っていたよりずっと味気無かったか」  寝物語に尋ねると鍵屋は不機嫌な顔をした。 「感想なんて言わせるなよ」 「知りたいじゃないか、記念だろ」 「からかうな」  そっぽを向いた彼の耳は赤い。これでいて、かなり繊細な男だ。自尊心に傷がつかなかったのなら喜ぶべきだろう。この部屋のベッドは二人で寝るには手狭だった。どうしていたって身体のほとんどが触れ合っている。 「じゃあ、どういう話をするのが相応しい?」  長い沈黙の後、あ、と思い出したように声を上げた。 「そういやあんた、一体何をやらかしたんだ」  仕事、と付け加える。それこそ、この場に最も相応しくない話題だ。 「ちょっと腹が立っただけだよ」  へえ、と感心したように言う。 「怒ることがあるのか」 「おれを何だと思ってんだ…」  言いながら瞼が重い。舌がもつれて、これ以上は喋るのが億劫だった。  別の鍵屋を呼んでくれ。たった一言、それだけのことだった。何故かと尋ねる。どうにもあの鍵屋の腕は信用できない、と雇い主は言った。それが無性に腹が立って制御できなくなった。どんなことを言ったのかは思い出したくもない。それでいて、少しも後悔していない自分に心底呆れた。思っているよりもずっと、この男に絆されているらしい。そのことを彼に話すのはさすがに癪だった。 「寝るのか」 「ん…、都合が悪いならすぐに帰るよ」 「いや、いい。泊まっていけ」  身体がブランケットに包まれる。それから、しっとりとした肌の熱を感じて、いよいよ意識が遠のく。どうにか、おやすみと口を開いた。 「…今度はもうすこし、うまくやる」  今度、と微睡みの中で聞く。額に唇が落ちる感触に、なかなか油断ならない奴だと思った。甘く見ているとそのうち痛い目に遭うだろう。それも構わないなと思ってしまう。恋に落ちた人間はどこまでも愚かだった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加