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2
あれほど荒れ狂っていた心はすっかり凪いでいる。火傷のような疼きも今はもう感じない。さんざん暴れて、おとなしくなってしまった。
「…なあ、どうだった?思っていたよりずっと味気無かったか」
寝物語に尋ねると鍵屋は不機嫌な顔をした。
「感想なんて言わせるなよ」
「知りたいじゃないか、記念だろ」
「からかうな」
そっぽを向いた彼の耳は赤い。これでいて、かなり繊細な男だ。自尊心に傷がつかなかったのなら喜ぶべきだろう。この部屋のベッドは二人で寝るには手狭だった。どうしていたって身体のほとんどが触れ合っている。
「じゃあ、どういう話をするのが相応しい?」
長い沈黙の後、あ、と思い出したように声を上げた。
「そういやあんた、一体何をやらかしたんだ」
仕事、と付け加える。それこそ、この場に最も相応しくない話題だ。
「ちょっと腹が立っただけだよ」
へえ、と感心したように言う。
「怒ることがあるのか」
「おれを何だと思ってんだ…」
言いながら瞼が重い。舌がもつれて、これ以上は喋るのが億劫だった。
別の鍵屋を呼んでくれ。たった一言、それだけのことだった。何故かと尋ねる。どうにもあの鍵屋の腕は信用できない、と雇い主は言った。それが無性に腹が立って制御できなくなった。どんなことを言ったのかは思い出したくもない。それでいて、少しも後悔していない自分に心底呆れた。思っているよりもずっと、この男に絆されているらしい。そのことを彼に話すのはさすがに癪だった。
「寝るのか」
「ん…、都合が悪いならすぐに帰るよ」
「いや、いい。泊まっていけ」
身体がブランケットに包まれる。それから、しっとりとした肌の熱を感じて、いよいよ意識が遠のく。どうにか、おやすみと口を開いた。
「…今度はもうすこし、うまくやる」
今度、と微睡みの中で聞く。額に唇が落ちる感触に、なかなか油断ならない奴だと思った。甘く見ているとそのうち痛い目に遭うだろう。それも構わないなと思ってしまう。恋に落ちた人間はどこまでも愚かだった。
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