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 そうやって十年近くも、たった二人の侵略作戦は続くことになる。  僕たちは約束をしていなくても自然と高台の公園で落ち合った。千田は街を見下ろせるベンチに座って、静かに目を閉じている。彼曰く、宇宙との交信。この場所が一番いいのだと千田は言っていた。この星で最初に降り立った場所、この星の征服を誓った場所。その隣に腰掛け、横顔を見る。初めて会ってから、千田はいくつになったのだろう。最初に会った頃が二十代だったのなら、もう三十は過ぎていているはずだった。改めて見ても千田という男は年齢不詳だった。 「めぐる。この頃はずっと会わなかったな」  すっかり聞きなれた単調な声。相変わらず千田の喋り方は独特だった。 「期末考査があったからね」  千田と過ごす時間は減ってしまっていた。この場所で、いつ降るかもわからない流星を待つ暇など、僕にはもう無い。 「昨晩、別の侵略者たちの交信を傍受した。彼らもこの星を狙っているようだ」  何年経っても千田は変わらなかった。会えばいつだって嘘みたいな宇宙の話をしてくれる。早急に迎え撃つ作戦を考えよう、この星は我々の物だと証明しなくては。千田が言う。  ああ、僕がいつまでも小学生でいられたらよかったのに。心の底からそう思った。時の流れは残酷だ。楽しかった思い出も、大切な約束も、全てを価値のないものにしようとする。 「もういいよ、千田」  声が喉の奥でつかえる。ただ喋るだけのことがこんなに苦しい。 「俺もう高二になったんだよ。来年は受験だしさ…」  こんなつまらないことを話すのは自分でも嫌だった。でも、いつかは言わなければならない。もう限界だった。合わない靴をいつまでも、踵を踏んで履き続けているような、僕と千田の関係はそういうものだった。 「だから、もういいよ。宇宙人ごっこしなくても」  たったそれだけのことを何年も言い出せないでいた。口にするタイミングはいくらでもあったのだ。ただ、実際に言葉にするのがとても恐ろしかった。千田はじっとこちらを見つめたまま、何も言わなかった。こんな話をするのは初めてだったから、どう答えたらいいのかわからないのだろう。その乏しい表情の内側で戸惑っているのだと思うと居た堪れなかった。  勉強が忙しくなるから、もう一緒に映画も見に行けなくなるかもしれない。そう付け足すと、千田は思い出したように瞬きをする。 「わかった」  短く頷く。長い夢の終わりを見ている。本当は随分前から覚めていたのだ。何が現実で、何が虚構か、そんなことはとっくに区別がつくようになっていた。 「巡は、これから忙しくなるのだな。こちらの事は私に任せておくといい」  千田は尚も宇宙人として振る舞った。それが僕の為か、彼自身の為にしていることなのかはわからない。いずれにしても、最後まで彼の本性というものを見ることはないのだろう。 「それじゃあ、ね…」  昔からの習慣で手を振る。バイバイ、千田も真似るように同じ動きをした。大人の男がすることじゃないなとずっと思っていた。自分以外にも千田はああするのだろうか。千田のそういう面は、僕には知りえないことだった。  よくこんなにも長い間、見ず知らずの少年の孤独を埋めてくれたものだと思う。多忙な両親、一人きりの食事、行けなくなった家族旅行。友達の家族と比べては、兄弟喧嘩すらも羨ましく思った。千田に救われたことは数知れない。けれど、これ以上はだめだ。千田は人より少し変わっていたけど、単純に彼がそういう人間というだけの話で、いつまでも幼い子供の妄想に付き合わせるわけにはいかない。彼には彼の人生がある。この先いつまでも宇宙人役をやらせるのは苦だろう。  千田はあの日出会った時から何ひとつ変わらない。未だに公園の白木蓮をポップコーンの木だと信じて、何も咲かない鉢植えに水をやっている。変わってしまったのは僕だけだ。こうやって、千田をあの場所に置き去りにして行くのだろう。一人ぼっちの少年は、ここにはもう来ない。何も寂しくなんてないはずなのに、階段を下る足が重かった。今、絶対に振り返ってはいけない。僕の背中を見送る彼がどんな顔をしているのか、知りたくなかった。  結局一度も火球は見れなかった。不思議なことなど、本当は何一つ起こっていない。ただ、いくつかの偶然が重なっただけだ。積み重なった偶然は少年の夢の形をしていた。
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