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8
「コウちゃん、好きな人いるよね?」
苦行を耐える人のように、ぎゅっと閉じられていた瞳がうっすらと開かれる。
「……」
こちらの意図を探ろうと揺れる瞳に、もっと良くなるようにと提案をしてあげた。
「好きな人だと思ったら、もっと気持ちいいと思うよ」
それを聞いて、コウちゃんは一瞬目を見開いた。脳裏に浮かんだ想い人の姿に照れたのか、頬を染めて俯く。
「うん……」
そして、コウちゃんは素直に目を閉じた。言われた通りに目蓋の裏に好きな人を思い描いてるんだろう。
そんなコウちゃんの顔を見て、自分から提案したというのに、胸に暗い雲が影を落としたようにすっきりとしない気分になる。我ながら勝手だ、と自嘲する。
「コウちゃん……」
髪のなかに指を入れて、時々耳を揉みながらキスをする。コウちゃんの身体は、まだ強張っていた。
「幸崎先輩」
耳元でふっと息を吹き込みながら試しにそう呼ぶと、コウちゃんはわかりやすくビクン、と反応した。
ああ、じゃ、もしかしてほんとに、さっきの。
背の高い、真面目で爽やかそうな、コウちゃんを家まで送ると申し出た優しい後輩成井田くん。
コウちゃんが、「たぶん好きな人が出来た」とメールで教えてくれたのはつい最近だ。コウちゃんが大学二年生なので、後輩くんは一年生のはずで、後輩くんが入学してからたった数ヶ月しか経っていない。いつの間に親交を深めたのだろう。人付き合いが苦手で臆病なコウちゃんは、高校時代一人も友達ができなかった。大学ではサークルに入るなど奮闘しているようだったが、友達どころかいきなり“好きな人”ができたと聞かされた時は驚いた。軽い気持ちで、応援してるよと返信したものの、人との距離の取り方が解らない、不器用なコウちゃんの勘違いだとたかをくくっていた。それが。
メールやSNSだけの関係だった自分では踏み込めなかった領域に、後輩くんは、いとも簡単に入り込んだ。四年も待った自分を差し置いて。
あの爽やかな顔をズタズタにしてやりたい。一瞬湧いたそんな衝動を抑え込んで思い直す。今、少しばかり心を奪われていたとしても、コウちゃんの身体は、こうして自分の手中にある。
愛撫を待つなめらかな肌の感触を、指の腹で容易にうっとりと楽しむことができるのだ。
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