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そんなころだったと思う。もてない男子の、彼女いない男子の、どうでもいい会話が降ってわき出した。
「女子が編むマフラーとかって、そいつの髪の毛編みこまれてて、怨念こもってそうで怖いよな」
そんなわけあるか―。てか、そんなものもらうようなことでもしたんか? と思ったものだが、彼女はそれを聞いて多少ショックを受けていた。
土曜日に毛糸を買って帰ってきたが、日曜日に用事が入ったので、来週にしてくれと日曜に電話をもらっていた。月曜日に、
「あれから全く進まなくって、一応、ひと玉は編み終わったけど」
と言われた。
だったら、糸をくくるなり、初心者ならではで進めていてもよかったけれど、彼女の中でふたつめを続けようという知恵はなかったようだった。
土曜になって、家にお邪魔すると、確かにひと玉は編み終えていたが、ひどいありさまで、表現するならば、敵にやられた一反木綿だった。
ガタガタと歪み、編み終えていた部分は明らかに30目はなかった。
途中でいくつも目を落としていた。それを拾って補修することは可能だが、30目必要なものが、20目ほどしかなくなっていては、それを補修するゆとりが取れない。10目分の糸を左右上下から持ってくるには、無理があった。
しかも、どうやっても、力加減のばらつきが目立ち、ある所は指で編んだ? と思えるほどの輪っかのままだったり、ある一段などは針金で編んだ? と思えるほど窮屈だった。
「ごめん。申し訳ないけど、補修できないから。編み直し」
容赦なく解く。手にまとわりつく糸が丸くなっていき、手渡す。
作り目を30目作ろうとしたら、
「20ぐらいにしたい。あと、それ、一人でできるように覚える」
と言い出した。
さすがに目がおかしいと気づいたが、やりなおせないので編み切ったというのだ。だから、根気よく教えた。たぶん、あの時彼女のスキルの中で一番上手になったのは、この作り目を作るだったのではないだろうか。
編むときには、黒い糸なので明るい時でないと、目を落とした時に解らなくなるとか、何段か編んだら、目を数えるようにしてくれとアドバイスをした。
そして、メリアス編みのマフラーを編むと決め、その日は頑張っていた。
翌日曜日は予定があるからと言われていたが、急に家に行っていいかと言われたので、構わないと返事をすると、毛糸を持参し、
「どうしても目がおかしい」といった
棒針についている目数が23目。だが、一番少ない場所は17目。
「ここまではちゃんとあるから、ここまで解いてやり直そう」
と言い、途中まで解き、数えながら糸を拾い上げた。
「なるほど、間違ったら、そうやって解いて、また通せばいいんだね?」
「数を数えて、多くても少なくてもダメだからね」
彼女にそれからの土日の呼び出しはなかった。
編み物なんて言うのは、一度教えたら、理解すれば後は一人でやるしかないんだ。ただ、入れて掛けて抜くだけの作業を繰り返すだけなのだから。
ちなみに、糸の連結は長さを取って結んどいてくれと頼んだ。あとでうまく処理するから、とりあえず括って続けろと。
彼女の家に行かなくなって二週目の、真中ほどだったと思う。ひどく彼女が眠そうなので、どうしたかと聞けば、
「最後の一個になって、これで完成すると思って編んでたら4時になってた。でも、首に一回巻けたけど、思ったような長さじゃないし、よくある、こう、紐がついてるやつもつけたい」
といった。
彼女の根気と、集中力には参ったが、フリンジつけるとか聞いてないし、どれほどの長さになるかなんて想像できんかったのか? と呆れた。
一個編み終わって、例えばそれが10センチだったとすれば、簡単計算、5玉あれば、掛け算をすればいい、つまり、50センチになる。メジャーを持って、首に二重に巻き、ラブマフラーなんてものにするためには何センチいるんだか知らないが、少なくても、一メートルで足りるはずがないじゃないか。
「今日塾の帰りに5玉買ってくる」
といった。
ひと玉500円を10玉。中学生の小遣いでまかなえない金額のような気がするが、そこは、「不良」である彼女の入手方法でもあったのかもしれない。人の懐具合までは知らない。
とにかく、彼女はその週の土曜日に来るよう言ってきたので、行ってみた。
一応、20目を頑張って守っていた。ガタガタしているのは編む力が均等でないからで、ビローンとした印象なのはモヘヤの柔らかさを最大限に生かした作品だからだろう。
マフラーは二重に首に巻けるほどになって居た。どうも、彼女は毛糸を追加購入した日からほぼ徹夜で仕上げたようだった。
すでに、この日は、終業式後で、明日、クリスマスイブだった。
だから彼女は、自分の部分の長さをあきらめたのだろう。
編み終わりの始末を施し、フリンジを教えたが、寝不足の彼女にとって、簡単な動作ができなくて、仕方なくフリンジを付けた。
出来上がったマフラーを彼女はいとおしそうに畳み、抱きしめた。不良がするような行為としてはかなりかわいい行為だったし、そうでなくても彼女が日ごろ、不良でなかったとしても絶対にしない乙女チックな行為は、ちょっと微笑ましくてうらやましかった。
だって、もう、その頃には、作品を仕上げても完成を喜ぶようなことはなくなっていたから。
私にとって、編むことは実用的なものを作ることであって、それを使用することで愛情を生んでいた。だけど、彼女は、自分の手で生み出せた喜びを味わっていたのだ。
それがたとえどれほど不格好なものであっても。もらった相手が喜んで使用してくれなさそうなものであっても、彼女は初めて作った喜びをかみしめていたのだ。
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