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「詠夢ぅー」
休み時間、サバゲーの教本を嗜んでいた私をどこか蠱惑的な声が呼んだ。
「はい」
顔を上げた視線の先には二人の女子。揃って私を俯瞰している。
「え……何か用ですか?」
用件を尋ねるや否や彼女達は互いに口角を歪ませて、今しがた飲み干したであろうジュースの紙パックを机に置いた。
「コレ、悪いんだけど捨ててきてくんない?」
「え? でも二人の席の方が近いと思うけど……」
「いいから! 捨てなさいよ!」
語感を強めて胸元に紙パックを差し出す彼女達。私は、仕方ない――そう言わんばかりに顔をしかめ席を立とうとした直後。
「あ、席は立っちゃダメだかんね」
お叱りを受けてしまった。
「……仕方ないですね」
うっかり声に出してしまった〝仕方ない〟に二人は反応する素振りを見せない。それもそのはず。
この二人の目的は、私の投擲なのだから。
腕をゆっくり持ち上げてしなるように手放した。紙パックは空中で弧を描き、見事ゴミ箱に吸い込まれていった。その精密なコントロールは彼女達を驚かせるには充分のようだ。
「なんで入れられんの!?」
「ほんと詠夢の距離感ってヤバいよね。常軌を逸しているというか」
「褒めてるんですかそれは……」
こちらが困惑しているなどつゆ知らず、二人は折角捨てた紙パックを再び取り出しては投げてを繰り返すのだ。
このやりとりを飽きもせずにほぼ毎日。二人ともソフトボール部だからかな? 性ってやつ?
そんな和気あいあいと往復をする彼女達から目を逸らして読書の続きを再開する。
「あー! 畜生ッ!」
途中、瀟洒とは無縁とも言えよう怒声が耳に届いた。悔しがる気持ちは理解できなくもない。私だって弾を外した時は思わず叫びたくなるからだ。
昔、悔しさのあまり父に愚痴を吐きに行った事がある。あわよくば不発しないコツなんかも聞き出したかった。しかし返ってきた言葉は慰めや励ましではなく「弾を無駄にするな」だった。
私はとりあえず悔しがる彼女達を労ってやった。どれだけ磨いたところでずぼらな技には変わりないが、上達しようという熱意はおそらく本物だろう。
「良い事です」
彼女達に聞こえないように、ぼそりと呟いた。
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