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「……ッ!?」
突き飛ばされたと認識するまで二秒。背後への警戒がおろそかになっていた詠夢は淫行現場へ無様にその身を晒した。
顔を上げた詠夢の視線が衣服を剥がされて指を突っ込まれたであろう充血した瞳と交錯する。女の躯から一斉にこちらを向く二人。そしてたった今、自分を突き飛ばしたのは――……
「リー……ダー……?」
かつて力強かった顔立ちは青白くまるで生気を感じない。さながら動く死体といったところ。
「が……!?」
必然と言うべきか。突如、頭部に走る激しい痛み。ヘルメットを着用していたおかげで気絶までには至らなかったがこれから起こるであろう事象を考えると気を失っていた方がいくらかマシかもしれない。
「や……!」
一人が四肢を抑えもう一人が先程の淫行で湿りに湿った陰茎と睾丸が顔面を覆う。
臭い。
物凄く臭い。
失神も辞さない。
そしてリーダーが彼女の迷彩服を荒々しく脱がせて足を持ち上げる。もちろん彼らにチームワークの概念は感じられない。
「や、やめて……!」
豪快に開かれた股座へ黒ずんだ陰茎が接吻を謀る。
――さようなら、処女の私……。
そう悟った詠夢は自ら現実から目を逸らすため瞳を閉じた。だが、待てど(待ってはいないが)その時は一向に訪れない。どうした事だろう。詠夢はおそるおそる瞼を開いた。
あわや貞操の危機というところでリーダーが突然その動きを止めたようだ。そして濃霧でぼやけているがよく見ると喉元からナイフの柄が生えているではないか。
「……え?」
身体の自由も利き性器が被さっていた視界も回復、それ即ち残りの二人が絶命したという証明に他ならない。いったい誰が――……。
「……大丈夫?」
不意に耳に届いた、くぐもった、それでいて凛々しさを孕んだ声。この濃い霧の中、的確にリーダーの額にナイフを命中させたというのか。何と言う精密な投擲。相手の事がよく視えていないとできない芸当だ。
「ヒッ……!」
腰を抜かした詠夢の傍に転がる生首が二つ。誰のものかは語るまでもないだろう。初めて見る実際の生首にたまらず胃の中を全て吐き出した。
そして生首に気を取られていた彼女が前を向いた時、すでにリーダーの頭部が地に落ちた後。
再び、酸っぱい臭いが流れてくる。しかしそんな吐き気を一気に減退させたのが、霧の向こうに見える人影だった
血脂の付いた軍刀を襤褸で拭い腰に吊るした鞘に収めるシルエットは侍の如き威風堂々としている。緩くウェーブのかかった霧に負けず劣らない白い長い髪。フードの付いた真っ赤なレザーコートを羽織っているが服の上からでも分かるしなやかな身体から女だと直感した――のだが……
「……!」
詠夢は自分の勘に自信が持てなかった。無理もない。肝心の顔は趣味の悪い仮面で隠されていたのだから。
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