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事務所に帰還するや否や柵セツナ所長はにやりと笑った。それは今まで感じた事のない、蹴りを入れてやりたいぐらいの不吉な笑みだった。
だがそんな事をすれば、セツナさんの一張羅が私の返り血で汚れてしまうので不本意だが堪えるしかない。
「で? どうだったよ」
「どうとは?」
「人を殺した事だよ」
人を射殺した事実は覆らない。ついに私も前科持ちとなってしまった。しかし無駄だと分かっていても人殺しの肩書を付与されまいと何とか抗ってみたりする。
「……む、虫って言ったじゃないですか」
本心かそうでないのか、その呟きにも等しい言葉はセツナさんの呼吸を数秒ほど止めるには充分だった。
そして次の瞬間、セツナさんは咥えた煙草を零す勢いで盛大に笑った。
「違いない違いない! お前が殺したのは確かに虫だ!」
腹を抱える彼女へ軽蔑の眼差しを向ける。
「ふふ、そんな顔で私を見るな」
私は口を堅く結った。上手くは言えないが、できる事ならこれ以上喋るのは控えたい。
「訂正してやる。お前は人を殺してないよ」
にやけ顔で言われても嬉しくないし、そもそもセツナさんが認めたところで刑法が覆るわけではない。どれだけ人をおちょくれば気が済むのだろう。
「やっぱり楽しんでますよね?」
不躾ながら怒気を孕ませて尋ねた。しかし返ってきたのは「さぁね」という曖昧な答えのみ。とは言え、真実は彼女の表情が物語っているのだが。
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