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10話『千隼の気持ち』
意識を手放した千隼は、暫くして目を覚ました。
異世界に来てからというもの驚きと不安の狭間に揺らされ、落ち着いて景色を堪能することもできず心が参っていたのだ。そのうえ、あの強烈な刺激だ。
「ん・・・、あったかい・・・」
何か安心するような温もりに視線を向けると、自分を抱きしめたまま眠っている幼馴染の姿が目にはいった。
(僕が風邪をひかないように包んでくれてたんだ・・・。嬉しい)
まだ寝ぼけ眼でふわふわした気分でいた千隼は、そんなことを思いながら徐々に痴態を思い出し恥ずかしさで身動ぎ彼の腕から逃れようとしていた。
しかし、どんなに抜け出そうと頑張っても自分をしっかりとホールドした康煕の腕の中からは逃れられず困り顔で見つめていた。
(康煕って、こんな端正な顔してたんだ・・・。初めてじっくり見たかも。うわぁ、睫毛長い・・・。目も閉じてると大人って感じでカッコいいし、羨ましいなぁ)
そんなことを思っていると、ぴくりとゆっくり瞼を開け互いに見つめ合う形となり、康煕は目を細め「よく眠れたか?」とだけ呟いた。
千隼の気持ちを逸早く察知するのは流石としか言いようがない。
数時間前の痴態を、彼は触れないように気遣い接してくれてるのだ。
康煕も千隼と同じようにモテるのだが、それは陥落するのが男か女かの違いだけである。
そういうちょっとした細やかな気遣いをされると千隼の心は、ぽかぽかと陽だまりの中で日向ぼっこしてるような気持になる。
「ねぇ、康煕はなんで僕のことを探してくれてたの?」
「ん?うーん、俺にとって千隼は大切で大事だからだよ。お前がいなくなってから、バイトして資金貯めながら探して、絶対見つけ出して説教してやろうかと考えてたからな」
康煕が笑いを含んで、そう応えてくれた。
彼の説教は、僕自身何度か経験しているけど二度と経験したくないなと心の底から思った時のことを今更ながら思い出していた。
そして・・・
「康煕、ありがと」
「ん?どうした?」
「僕、康煕に探してもらえたってこと。すごく嬉しい」
「あぁ、俺も千隼を見つけられて嬉しいよ」
千隼は素直な気持ちを彼に照れくさそうに伝え、康煕もまた微笑み返したのだった。
どこまでも優しい康煕だが、人間どこまでも優しい人ほど腹の中は真っ黒だということ。
これから先の物語で、その腹黒策士を垣間見ることを、この時の千隼は気づくことができなかった・・・
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