【2:ロリ神様】

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【2:ロリ神様】

 ひと通りの儀式を済ませて、神主と巫女(みこ)さんはテントの中に戻ってきた。  でも神様は、まだ土地の隅っこで、貧乏神に「早く出てけ」とか叫んでる。完全にシカトされてるけど。  それに気づかない神主は地鎮祭の続きを、粛々と進めて、全ての神事を終えてしまった。  やっぱり姿が見えないだけでなく、誰も声すら聞こえてないんだな。神主さえも。  最後は『昇神(しょうしん)の儀』とか言って、お呼びした神様をまた天に送り届けるための呪文(そういや神道では祝詞(のりと)というんだった)を唱えてる。  おいおい、大丈夫か? 肝心の神様は、まだ敷地の隅で貧乏神相手に奮闘中だぞ? まあ全然相手にされてないけど。  もっと強力な神様を呼べないのか?  このままだと、せっかくの我が家の新築工事はどうなるんだ?  神主が唱える『昇神』の祝詞によって、女の子の神様が祭壇に吸い寄せられてきた。  まだ貧乏神を追い出す仕事を終えてないから、神様は手足をバタバタさせて顔を貧乏神に向けながら、宙を飛んでこちらの方に吸い寄せられる。  そして神主が「おおおぉぉ」って変な声を出すと、神様は今度は上に向かって体がふわりと浮かび上がる。  あの変な声は、神様を天に送り届けるためのものか。  ちょい待て!  ちゃんと神様に仕事をさせろ!  最初に感じた不安は見事に的中してしまったじゃないか。  心の中でそう叫んだけど、誰にも神が見えない以上、ほんとにそれを声に出すわけにもいかない。  だって頭がおかしいと思われるだけだもん。  ああ、貧乏神を放置したまま、神は天に帰って行くよ……  と思った瞬間、巫女が何食わぬ顔でさっと右手を上に伸ばして、神様の袴の裾を(つか)んだ。  裾を掴んだ!?  マジすか?  神様って、掴めるものなのか?  『神にすがる』って言うけど、あれはすがるって言うより、まさに掴んでるよな?  あの巫女、いったい何者なんだ?  焦り顔の神様はジタバタしてる。  小学生の女の子みたいな幼い感じだから、ジタバタする様子がなんだか微笑ましい。  って、ほのぼのしてる場合かっ?  目の前で巫女が神様の袴を掴んでるんだぞ。  でもまあいいか。あの神様はまだ仕事を終えてないんだから、帰ってもらっちゃ困るもんな。  巫女さんは表情も変えず、神様を掴んでることも他の人に気づかれないように、さりげなく振舞ってる。  やっぱり他の人には見えてないんだ。巫女さんもそれをわかってて、地鎮祭が終わるのを待ってるんだろう。  でも俺以外に、神やら霊やら見える人間に初めて会った。それどころかこの巫女は、神様を掴んじゃうんだからもっとスゲーけど。  地鎮祭の行事はひと通り終わり、最後に「直会(なおらい)を行います」と田中さんが言った。  直会って何だろ?と思ったら、お神酒(みき)で乾杯するらしい。  盃に注がれた液体を、神主の乾杯の発声と共に飲み干した。  げほっ! なんだこれ? ホントの日本酒じゃないか。 「天心、ホントに全部飲んだの?」  母が焦ってる。水かと思って、一気飲みしちゃったよ。  周りをよく見たら、盃に口をつけるだけで、あとは地面に酒を捨ててる。ああやれば良かったんだ。なんで誰も教えてくれないんだよ。  酒なんて、正月にちょっと口をつけたことがあるくらいだ。 「ああ、大丈夫」  大丈夫じゃないけど、母にはそう言っといた。喉の奥が熱い。  地鎮祭が終わると、父と神主さんが何かを話し始めた。ハウスメーカーの人たちは、片付けを始める。  俺はテントを出て、貧乏神がいる土地の隅っこを見た。  巫女さんが神様をずるずると引きずって、貧乏神の前まで歩いて行く。他の人はみんな何やらしていて、巫女さんの動きには誰も注意を払っていない。  貧乏神のことが気になる俺は、巫女さんの動きを遠巻きに眺めた。 「さあ、ちゃんと追い出してよ」  巫女さんは神様を貧乏神の前に放り投げた。清楚な顔をしてるのに、なんてバチ当たりなヤツなんだ。 「いや、ちょっと無理」  ロリっぽい神様は、もはや白旗を上げてる。 「はぁっ!? 何が無理よ。あんた神様でしょ? こんなやつ一人くらい、追い出せないの? この役立たず!」  うわっ、清楚なんてとんでもない。ドスの効いた声で、神様を脅してるよ。  最初見た時に想像した、透き通った声なんて大違いの、低くて舌を巻いたような声。 「そんなこと言うなら、あなたが追い出せば? あんたみたいに、神を(うやま)わないヤツの言うことは聞かない」  神様も神様だ。なんで他力本願なんだよ。そもそも地鎮祭に呼ばれて、降りてきたのはあんただろが。  巫女さんはその綺麗な顔を歪めて、はぁっとため息をついた。 「敬って欲しけりゃ、それだけの力を見せなさいよ。私はね、神様や霊の姿は見えるけど、撃退するほど強い霊力は持ってないの。あんたが追い出しなさいよ、神様でしょ!」  巫女さんは腰に手を当てて、胸を張って神様に指示してる。自分に力がないことを、こんなに偉そうに言うヤツを初めて見た。  それに巫女さんって、神様にお仕えする立場だよな? 俺の理解は間違ってないよな? 「あっ!」  なんだ? 神様が急に声を出して指差す方向を、見たけど何もない。 「ああーっ!」  今度は巫女さんが、素っ頓狂な声を上げやがった。なんなんだよ。  巫女さんの視線の先を見たら、神様が宙に高く浮かび上がって、あっかんべーをしてる。そしてそのまま天高く昇って行った。  ──逃げやがった。信じられん。  しかもあの神様、急に声を出して注意をそらすなんて、超古典的な方法を使いやがって。  俺ん()の新築工事はどうなるんだよ? ホントに無事に進むのか?  神の行方を呆然と見てたら、巫女さんが振り返って、思わず俺と目が合った。 「あ、み……見てました?」  巫女さんは俺に気づいてなかったようだ。急におしとやかな態度になって、清楚な声で聞いてきた。
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