【3:見てました?】

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【3:見てました?】

 巫女(みこ)さんは急におしとやかな態度になって、清楚な声で「見てました?」と聞いてきた。  はい、バッチリ見てました。あなたのドスの効いたセリフと荒々しい態度。  ひと目で理想的な女の子だと思ったのと大違いの、あなたの本性をしっかり見せてもらいました。 「いいえ、見てません」  心にもないことを言ってみたけど、あまりにもわざとらしかった。  巫女さんは鬼の形相になって「み、た、よ、ね~?」と低い声で訊いてきた。 「は、はい。見ました」  あちゃ、正直に言っちゃったよ。  なんでこんなに可愛い顔をしてるのに、こんなに攻撃的なんだよ? 「あの……それより、アイツをなんとかしなきゃ」  巫女さんからの攻撃をそらす意図もあるけど、貧乏神に住みつかれるのは嫌だから、陰気臭い男を指さした。  巫女さんは貧乏神を見て、それから俺を振り向いてひと言。 「無理」  あんたも、神様とおんなじかよーっ!  だったらその攻撃的な言動はなんだよ?  見かけだおしか?  偉そうに出てきてすぐにやられる、ザコキャラの典型かよ? 「あんまり強そうなヤツじゃないし、なんとかできるだろ?」 「そんな簡単に言わないで。こいつはこっちから仕掛けなければ何もしないけど、攻撃なんかしたら、取り憑かれるんよ。そしたら死ぬまで不運に見舞われる」  ええ~っ? そんなに怖いヤツなの?  じゃあ、余計になんとかしてもらわないと。 「じゃ、地鎮祭も無事に終わったし、お父様もそろそろ帰るみたいだから、失礼いたしますわね」  巫女は神主さんをチラ見すると、右手をシュタっと上げて、立ち去ろうとした。神主は巫女の父親らしい。 「無事になんか、終わってねぇ~! どうすんだよ、これ?」  俺が貧乏神を指差すと、巫女は唇をすぼめて 「何も見えませ~ん」って、すっとぼけやがった。  くそっ、このアマ! じゃなくて、この巫女(みこ)!  俺が陰キャのぼっちだと思って、舐めやがって。  あ、怒りで頭に血が昇ったら、急に顔が熱くなって、頭がぐらぐらしてきた。さっき飲んだ日本酒のせいだなこれは。  マズい。マジでぐるぐるして、わけわからん。気分も悪くて吐きそうだ。  足がふらついて、まっすぐ歩けない。 「どこ行くの、あんた。そっちに近づいちゃダメだって!」  うるせえ。何もできない巫女のくせに、偉そうに言うな。なーにが、近づいちゃダメだよ。  ふと前を見ると、陰気な貧乏神が三角座りのまま顔を上げて、俺を睨んでた。 「なあお前。俺の家に居座るな。出てけよ」  貧乏神は俺をギロっと睨んでる。 「あんたダメだって! ホントに取り憑かれるってば!」  巫女が後ろから俺の腕を引っ張る。 「おい離せ。離せよ!」  腕を振りほどこうと、俺は力を入れた。  目の前では貧乏神がゆらりと立ち上がって、俺に近づいてきた。  やばっ! 怒らせちまったかも?  逃げなきゃ。 「おい、離せ!」 「やだ、離さない。離せばあんたは貧乏神に殴りかかるんでしょ? そしたらあんたは取り憑かれてしまうから、絶対に離さない!」 「違うって!」  腕を離してくれないと逃げられない。  俺は腕を振りほどこうと、さらに力を入れて引っ張るけど、巫女は案外力が強くて外れない。  おいおい、どんどん貧乏神が近づいてくるよ。マジに超ヤバみ。  離したら取り憑かれる、じゃなくて…… 「離してくれないと取り憑かれるんだよ~!」 「へっ?」  巫女は急に腕を離しやがった。  全力で引っ張ってた俺の腕は、勢いで貧乏神の方に拳が飛んで行く。  ありゃ、当たっちゃうよ。  ──と思ったら、ぶぉん、みたいな音がして、急に貧乏神が消えた。  よかった。貧乏神は逃げて行ったみたいだ。取り憑かれずに済んだみたいだな。  巫女は呆然と立ち尽くしてた。 ◆◇◆  翌日の月曜日は、我が阿部(あべ)高校の一学期の始業式だった。  新たな一年が始まる。クラス分けの掲示を見て、俺は三年A組の教室に向かった。  誰と同じクラスか? なんて、ロクに見てない。どうせ俺には仲の良い友達なんていないんだから、誰と同じであってもたいして変わりはない。  だけど可愛い女子が多いといいな。まあ可愛い女子は大好きだ。  と言っても、一年間ほとんど話すこともなく過ごすんだけども。見るだけでも、可愛い子の方がいいよな。  教室に入り、自分の席を探して座る。今日は一学期の初日だから、出席番号順に机に名前が貼ってある所に座る。  近いうちに席替えがあるから、とりあえずの暫定席だ。  真ん中の列の真ん中辺り。教室のど真ん中。最悪だ。  俺みたいなぼっちは、最後列窓際が、一番誰とも関わらなくて最高の席なのに。  とりあえず席に座り、机に突っ伏して寝る。始業式が始まるまで、大人しくしとこう。  三年生にもなれば、新しいクラスでもお互いに顔見知りが多いから、俺みたいに友達がいないヤツに話しかけてくる者もいない。 「おっはよー、天心。またおんなじクラスでスね」  頭の上から、舌ったらずな女の声が聞こえた。顔を上げて見ると、やっぱり日和(ひより)だ。
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