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【5:俺の自己紹介にはノーリアクション】
やがて自分の番が回ってきた。
「柴崎天心です」
誰も興味がなさそうでノーリアクションだったから、名前だけ言って座った。質問とかヤジとかなくて良かったとほっとした。
ざわざわした雰囲気が続いてたけど、日和の番になるとまた教室内が静まり返った。
「月影日和ですぅ。皆さん、よろしくお願いします」
日和がぺこりと頭を下げると、教室内がどよめいて「可愛いー」という声が所々から聞こえた。そんな男子を女子達は冷ややかな目で見てる。
女子達は日和のことを、あざといとか、ぶりっ子だと言ってる者も多いのを知ってる。
日和はホントに天然で、わざとやってるんじゃないんだけどな。根は純粋でいいヤツなんだ。
まあ俺が日和を擁護する義務はないから、放っておくしかない──
俺が擁護する義務はないっていうか、例え俺が実は日和はいいやつだって言っても誰も相手にしないから、俺には何もできないというのが本音だ。
俺が自分のことを言われるのは仕方ないけど、自分を慕ってくれる人を守れないってのは、やっぱり良くないんだろうな。力があればできるんだろうけど、陰キャの俺には何もできないから仕方ないって諦めるしかない。
自己紹介の最後の二人は、和田 乃絵瑠と渡辺 茶亜羅という仲良し二人だった。
キラキラネームの二人は見た目もキラキラしてて、派手な感じだ。
「おお、我が校の叶姉妹」
誰かが呟くのが聞こえた。
ホントの姉妹ではないし、別におばさんっぽくもないんだけど、ブランド好きで高飛車な感じだから、口の悪いやつはそう呼んでる。
でも美人なことは確かだ。
今回のクラスは担任も含め、見るだけなら学年一の美人揃いだな。まあ良しとするか。
って、『何様だよ俺は』なことを考えてしまった。考えるだけならいいよな?
一日の授業が終わると、クラスのみんなはそれぞれ声をかけ合って、マックに行こうだのカラオケ行こうだの誘い合ってる。
新たなクラスで新たな友達作りってやつだ。どうせ自分に声をかけるやつなんかいないから、早々に帰ろうと鞄を肩にかける。
「柴崎君も一緒に行かない?」
あれ? 俺に声かけるやつがいた。
振り返ると、眼鏡をかけた地味な男子。名前は覚えてない。まあ覚える気がないからなんだけど。
「おい、柴崎なんか誘うな」
地味眼鏡男子の肩をつかんで、失礼なことを言うヤツがいる。見ると、二年でも同じクラスだった高柳だ。
高柳は茶髪で制服を着崩しているチャラ男で、二年の時からなんか俺を見下してる嫌なヤツ。
「俺はいいよ」
あたふたしてる眼鏡君に申し訳なくて即答すると、高柳は俺を向いて「ふんっ」と鼻を鳴らしやがった。
まあいっか。どうせ一緒になんか行きたくなかったし。
ん? 高柳の肩の上。ぼろぼろの服を着た、わし鼻で痩せこけた小さな男が座ってる。
今まで何度か高柳の周りにいるのを見たことがあるヤツだ。手のひらくらいの大きさだし、明らかに人間じゃない。
高柳の性格を表してるような、にちゃっとした、粘着質の笑いを浮かべてる。
「あのなぁ、柴崎なんかじゃなくて、可愛い女子を誘おうよー」
高柳はそう言って、なんと神凪さくらに声をかけた。相変わらず肩の上に、小さな男は座ってる。
神凪は高柳の肩辺りを見て、一緒表情が固まった。やっぱ彼女にも見えてるんだ。
あのちっちゃいヤツは何者なんだろ? 神凪は知ってるのかな?
「ごめんなさい。わたくし今日は家の用事がありますの」
へっ、断られてやんの。神凪も相変わらず清楚なふりを貫いてるなぁ。
あれっ? 高柳のヤツ、今度は日和を誘ってる。日和は助けを求めるような目でこっちを見てる。でも俺にはどうしてやることもできない。
「す、き、に、し、ろ」
俺は口パクで日和に答えた。すると日和が「いいです」と答えたのを、高柳は『オーケー』の意味に捉えて、彼女の腕を握って連れ出そうとしてる。
日和はキョドってるけど、天然だからはっきりと断われないで、「ぐぅ~、どうしよう、どうしよう」と言うばかり。
まあ高柳のお相手をしてやれ。俺は知らん。俺は泣きそうな顔の日和からあえて顔をそらして、教室を出た。
早足で廊下を歩いてると、背中をツンツンつつかれた。また日和か。あれほど俺に関わるなと言ってるのに。俺なんかに関わると、お前までバカにされるぞ。
「おい、日和」
憮然と振り返ると、そこにいたのは日和ではなくて、巫女さん……神凪だった。
「わたくしの名前は神凪さくら。間違わないでくださる?」
清楚な笑みをたたえた女が立ってた。
「何の用?」
「柴崎君と話したいことがあるの」
俺と話したい? 何を?
もしかして、神凪の本性をバラすなと、わざわざ言いに来たのか?
「大丈夫だよ。お前が実は清楚なんかじゃないってことは、誰にも言わない」
神凪の表情がさっと険しくなって、顔を近づけてドスの効いた小声を出す。
「そんな話じゃない。……って言うか、そんなこと他の人に言ったら、ぶっ殺すから! でも私が言いたいのは、そんなことじゃなくて……」
神凪はまたすっと離れて、清楚な微笑みを浮かべた。
「ちょっと柴崎君に興味がありますの。少しだけご一緒してくださいません?」
「はぁっ? 俺はお前に興味ない」
神凪の本性があんな凶暴でなけれは、ホントは興味津々な美少女なんだけど。あんな攻撃的な姿を見ると、俺の『近づくなセンサー』が警報を発動してる。
「まあ、そうおっしゃらずに」
神凪は背筋をピンと伸ばし、にこやかにしてる。そのにこやかさが怪しすぎる。俺なんかに何の用があるんだ?
その時教室から、高柳を先頭に何人かのクラスメイトが廊下に出てきた。高柳は俺たちを見て、不満げな顔を神凪に向けた。
「さくらちゃーん。用事があるって言ってたのに、柴崎なんかとだべってる時間があるなら、カラオケ行こうよー」
俺をチラチラ見ながら、神凪に猫なで声をかける高柳。
「あっ、ごめんなさい。柴崎君には、昨日地鎮祭にお呼びいただいたお礼を申し上げていましたの」
まるで『おほほほ』とでも笑い出しそうな喋り方。臆面もなくここまでやれるなんて、神凪ってある意味スゲー。
「そうなん? じゃあ俺もさくらちゃんに、そのチンチンサイ?とかいうのをやってもらおっかなぁ」
高柳のお下劣発言に、さすがの神凪も顔を引きつらせてる。俺は思わず吹き出しそうになったけど、我慢してその場から離れることにした。
「あっ、待って……」
神凪の言葉を無視して、俺は廊下を突き進む。
まあこれでいいんだ。神凪は美少女だし、男子の人気が高そうだ。俺が親しげに話すと、また俺を恨む男子が続出するだろう。
美女は遠くから眺めるだけでいい。
これが俺のポリシーだ。
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