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 父の命に危険が迫っていると言う知らせを受けた時、私は台湾にいた。花崗岩で出来た家々が立ち並ぶ、昔ながらの集落だ。電話を受け、話を聞いてみると、父である三神三歳(みかみさんさい)が何者かに呪いを受けた、などと相手は言う。  そら来た、と私は内心ほくそ笑んだ。  天正堂・三神派、という看板を掲げる拝み屋の私にとって、連絡を寄越した相手というのは年上の弟弟子にあたる。名を、新開さんという。新開さんの事は十年以上前から知っているが、怖がりで、物事を少しオーバーに言う癖があるのだ。  父はその名が示す通り、天正堂という拝み屋衆の本部団体から唯一暖簾分けを許される程、力のある(まじな)い師だ。呪いに関してはプロ中のプロである。呪いを受けただなんて、一種のギャグにしか聞こえない。金属バットを持った若者集団からオヤジ狩りにあったと言われた方が、まだ信じられるくらいだった。  そんな、私の猜疑心を電波越しに感じ取ったのだろう。新開さんはひと言、こう言ったのだ。 「見えないのか? 幻子」  私は通話を終えると青く晴れ渡った天空を見上げ、そっと目を閉じた。偶然にも、抱えていた案件を先程片付けたばかりだ。まだしばらく日本に戻るつもりはなかったのだが、新開さんにああ言われては…… 「う、わ!」  突然前後不覚に陥り、驚いて目を開いた時には自分が立っていた石畳の階段に頭から落っこちる所だった。うわ、と声を上げたのは私ではなく、現地で私の助手をしてくれている、ツァイ君だった。  ツァイ君というのは台湾出身の霊能者で、流暢に日本語を操ることが出来る。そして台湾だけでなく、アジア全域で私の助手を買って出てくれる、実に奇特な男の子である。今私の身体は、咄嗟にツァイ君が差し出した両腕に支えられ、石畳への激突をギリギリで免れていた。しかしほとんど地面と顔面が平行であった。 「ごめんよ、マボ。君に触れるつもりはなかったんだ。だけど君が、いきなり倒れこむから」 「ありがとうツァイ君。危うく大きなタンコブを作るところだった」 「もっとひどい事になってたと思うけど」 「起こして」 「はい」  なんとか立ち上がったものの、私の身体はいまだ続く眩暈にグラグラと揺れた。 「大丈夫?」 「ごめんねツァイ君。私日本に帰らなきゃ」 「……誰かのピンチなんだね?」 「分かる?」 「今の電話と関係があるんだろう? 日本の方角から、何かが飛んで来たね。突然のことだったから僕にも祓い切れなかったよ。何だったんだろう」 「今のは多分、強力な『(しゅ)』だよ」 「『呪』? ……呪い、か」  無意識に私の唇から溜息がもれた。あまりこの話は、他人にするべきではないと感じた。私は石畳の階段を登りながら、後ろからついてくるツァイ君の意識を他所へ向けようと、こう提案してみる。 「久々に休暇でも取ってください。折角地元へ戻って来てるんだし、いい機会だよ」 「日本へは、すぐ帰る?」 「うん。こっちへ来る時は、また連絡する」 「来る時じゃなくても、何かあったらすぐ電話してね。僕はいつでも駆けつけるよ、マボ」 「ありがとう。とりあえず、何もない事を全力で祈ってて」 「ズンビェン(遵命)」 「ふふ、言い過ぎ」 「ホー(オッケー)」 「うん」  集落の高台から振り返り見た台湾の青空は、どこまでも透き通り雲一つなかった。私はほんの一瞬、日本に戻るベきではないのだろうかと不安に襲われた。  私の名前は、三神(みかみ)幻子(まぼろし)。  呪い師であり、そして、そう、三神三歳の娘……『神の子』だ。
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