2. オーダーメイドの頼み方

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 レモンまたはヨーグルトで酸味を加えた、バターミルクパンケーキは、桐生若葉の得意料理だった。彼女がパンケーキを作っている朝は、焦がしバターの香りが鼻をくすぐるので、雅臣にはすぐにわかる。ベッドから起きあがってくれば、リビングでパンケーキを作っている彼女に出会う。 「おはようございます。本日で十一月の結婚式の、二か月前になりました」  小物雑貨の販売員である若葉は、スケジュールを朝礼風に言うくせがあった。  雅臣は起きたままの服装だったが、若葉はもう私服に着替えていた。オフショルダーのブラウスにスキニーパンツ。ウェーブパーマがかかった長髪は、後ろでひとつにまとめている。そして左手には婚約指輪をはめて、右手にはフライ返しを持っていた。 「本日は土曜日です。雅臣は休日ですが、私は仕事です。ごめんなさい。雅臣ひとりでケーキ屋さんへの打ち合わせと、招待状の手渡し分を、お願いします」 「へい」  雅臣はダイニングテーブルに、ふたり分のフォークとナイフを並べた。眠たそうに一重の目をこする。  若葉はホットプレート上の四枚のパンケーキを、裏返していった。 「ケーキ屋さんとは、何時に待ち合わせだったっけ?」 「午前十一時」  雅臣は白い皿を差し出した。若葉がぽんと、パンケーキを置く。 「ケーキ屋に行くの、ちょっと憂鬱だ」  雅臣がバターナイフを片手にぼやいた。 「なんで」若葉がレーズンバターを渡した。  そして若葉はボウルからパンケーキの生地をすくい、ホットプレートに落としていった。黄色い円が並ぶ。 「今日もお店に、陸上部のころの後輩さんがいるんでしょ? 話しやすいじゃない」 「そいつだよ。憂鬱の原因」  雅臣は焼きたてのパンケーキに、レーズンバターを塗った。 「久々に会ったらよそよそしい。だいたい仁科(にしな)は……昔から、とっつきにくいんだ」  レーズンバターが、パンケーキの熱で溶ける。 「それに後輩ったって、俺は三つ上のOBだから。一緒に部活していないし」 「うーん」  若葉は困り顔で――キッチンからシーザーサラダ、半熟のスクランブルエッグとミニトマトを並べた皿を、トレーに乗せて運んできた。それらを、バターミルクパンケーキの隣に並べる。 「営業職の雅臣でも、接しにくいひとって、いるんだね」 「話下手な営業や販売なんて、どこにでもいるだろ」 「そういう子には、まず笑顔を教えているよ。口角だけでもあげてって」  若葉は口角に指をあて、営業用の笑顔を浮かべた。 「……ね。とっつきにくいって、具体的にどんな感じ?」 「愛想がない」  若葉はパンケーキにレーズンバターを塗り、その上にスクランブルエッグを重ねた。半熟のスクランブルエッグはクリームのようにとろけている。 「写真あったら、見せて」 「ちょっと待ってろ」  雅臣はパンケーキを丸めて、口にくわえた。  そして携帯を操作して、古い画像を表示すると、若葉に手渡した。
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