2. オーダーメイドの頼み方

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 雅臣の携帯には、約五年前の光景が映っていた。  部活用のジャージを着た高校生たちが、和気あいあいとしている画像。 「端に映っている二年坊が、仁科。今はパティシエやっている後輩だ」  雅臣は大学に進学しても、たびたび母校を訪れた。高校で長距離の代表選手を務め、大学でも陸上を続けていたから。  雅臣は高校卒業後も、母校の顧問や後輩から、指導に呼ばれていた。  卒業後に出会った三つ下の後輩は、最初はとっつきにくかった。同じ長距離選手だというのに。 「へえ。身なりに気をつかっている子だね」  若葉は画像の端を見て、そう感心した。 「ちゃんと髪型を作っている」 「女はすぐそういうとこ見るよなぁ」  雅臣は悪態をつきながら、パンケーキを裏返した。きつね色。 「雅臣の寝ぐせがついた頭も、可愛いよ」  若葉は雅臣からフライ返しをもらい、できあがったパンケーキを重ねていった。一番大きいパンケーキを「おかわりね」と、雅臣の皿に置いた。そして再びホットプレートいっぱいに、生地を流し込んでゆく。 「若葉。……何枚焼く気だ?」 「たくさん。あまったら冷凍」  パンケーキが膨らむ間、若葉はまた、雅臣の携帯を見た。 「この写真だと」雅臣に携帯を向ける。 「あなた隣にいるじゃない。けっこう仲が良さそう」  雅臣は携帯を見た。  どこか不満そうに視線をそらす後輩の隣には、正面を向いて、笑っている自分がいた。 「……どこが、仲が良さそうなんだ?」 「雅臣、この子の服の袖を持っている」 「集合写真をいやがったから、無理矢理に連れてきただけだ」 「この子、孤立気味だったの?」 「いや全然。マネージャーより料理が上手かったから、合宿で重宝されていたな」  若葉がしたり顔になった。 「思い出あるじゃない。よそよそしいなんて、気のせいだって」 「そうだといいけど」  雅臣はそう切りあげると、おかわりのパンケーキにも、レーズンバターだけ乗せた。 「もう。色々と用意してるのに!」シーザーサラダが差し出される。 「シンプルなのが好きなんだ。レーズンバターより、ただのバターのほうがいいくらい」 「わからなくもないけど。メープルシロップいる?」 「もらう」  若葉は席を立った。雅臣はパンケーキの焼け具合を見はった。 「あ、報告あった」  チューブ入りのメープルシロップを持ってきた若葉が、座るなり言った。また結婚式の話題らしい。 「私、先週、花屋さんと打ち合わせしたでしょ?」  若葉がパンケーキを裏返した。計十二枚目。 「うん」 「で……式場に飾る花、見積もりよりお金をかけることにしたの」 「いくらぐらい」  雅臣はパンケーキにシロップをかけた。  若葉は「えっと」と言いながら、皿に十二枚目のパンケーキを積みあげた。小さなパンケーキタワーができあがる。 「……ほ、ほかを削って予算に回そうかなって、思うくらい?」  若葉はばつが悪そうな顔で、具体的な金額を言った。  若葉が装花にかけようとしている金額は、雅臣の予想より高かった。見積もりの二倍。  披露宴なしのごく簡単な結婚式が、一回か二回、挙げられる金額だ。 「そんなにかけるのか。予算内でお任せしたら駄目なのか?」 「だって……。見積もりの額だと、ボリュームが足りないんだもの。高砂もゲストテーブルも、もっと華やかにしたいよ」 「花なんてそう見ないだろ」 「雅臣はそうでも、そうじゃないひとはいっぱいいるの」  若葉は必死になって、式場の花の大切さを語った。 「わかったよ。で、どこから予算を削る気なんだ?」 「とりあえず、私のドレス」  雅臣は小さく首を傾げた。 「この間、決めたばかりだろ」 「うん。あのドレスも良かったけれど。もう少しお金かけなくても、いいのあったし」  若葉は珈琲に砂糖とミルクを入れて、かき混ぜていた。マーブル模様を見ている。 「花嫁よりゲストにお金をかけるほうが、いい節約だと思うの」 「ドレスはふたりで見にいったのに」 「でも」  若葉が瞼を伏せた。拗ねた彼女は子供っぽく、ひとつ年上だと感じさせない。  雅臣は考えた末、自分が折れることにした。 「じゃ、ドレスを選び直したら、また教えてくれよな」 「うん。……ありがと」  若葉がほほえむ。その笑顔を見て、雅臣も笑った。  そして雅臣は、積みあがったパンケーキを見た。思いがくすぶる。  ……今日やることもパンケーキも、まだまだ残っている。
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