2. オーダーメイドの頼み方

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『両名の意見を知りたいので、次回はふたりでお越しください』  先月の八月に打ち合わせした際、そう言われた。しかし若葉と休みが合わず、今日もひとりで来る運びになった。 「悪い」飾らない言葉で謝る。 「次は必ず、ふたりで来るようにする。無駄な時間を取らせて、悪かった」  親子連れは笑顔で店を出ていった。「せなちゃん、またね」という明るい従業員の声が、後ろから聞こえる。 「……そんなに謝らないでくださいよ。困るから」  とたん、仁科の口調に親しみがこもる。 「前回と違って、人数を教えてくれただけで十分です。ただ津久田先輩だけじゃなくて、新婦の方にも、喜んでもらえるケーキを用意したいので」  津久田先輩。懐かしい呼ばれ方だった。 「次はふたりで来てください」 「ああ、わかった」 「気になるデザインがあったら、写真撮ったらどうです?」  ほかに客がいないと、態度が和らぐ。そう理解した雅臣は、ほっと息を吐いた。  気の緩みから、聞かなくていいことを聞いた。 「そうだ仁科。お前の彼女……今の子と、同じ名前じゃなかったか?」 「………」 「ほら。高校のグラウンドにも来てた子」  仁科が眉をしかめた。 「せな、じゃなかったっけ?」 「……違います。世良(せら)、です」  仁科はなぜか雅臣の後方に視線をやった。なにか気になるのかと振り返れば、先ほど「せなちゃん」を見送った女性従業員が、棚の商品を整えている。 「せらさんか。彼女とは、仲良くやっているか?」 「いいえ」仁科はウェディングケーキのアルバムを閉じた。 「もう別れましたよ。高校から何年、経っていると思っているんですか」 「……悪い」  雅臣はまた、深く仁科に謝った。  女性従業員は『私はなにも聞いていませんよ』という顔で、そそくさとバックヤードに入っていった。たぶん気をつかわれている。  それから仁科は、淡々と次回の日取りを決めはじめた。雅臣は申し訳なさから、次の打ち合わせを、なるべく早い日にした。  三日後の火曜日――若葉の休日の、午後七時半。自分は仕事だが、この時間なら間に合うだろう。 「津久田さま、本日はありがとうございました」  雅臣は店を出るときに、仁科の笑顔を見た。心からではない笑顔。
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