2. オーダーメイドの頼み方

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 土曜日に若葉と仲違いをした雅臣は、週明けには、冷静さを取り戻していた。  わだかまりは残っているが、このままではいけない。そう思って若葉に連絡を取った。  喧嘩から二日後の月曜日に、メッセージを送った。 『言いすぎた。今日、会って話せないか?』  電話で話す勇気はなく、メッセージを送る。 『まだ会いたくない。もう少し時間をください』  彼女からの返信は、すぐに来た。  喧嘩から三日後の火曜日。午後五時三十七分。  雅臣は若葉から届いた昨日のメッセージを、会社の休憩室で見た。頭を抱える。  スーツポケットに入れている合鍵を、思わず握りしめた。 「どうした津久田。元気ないな」雅臣の同僚が、声をかけた。  彼は自販機の前で、珈琲が注がれるのを待っている。 「マリッジブルーか?」 「そんなところ」  雅臣は曖昧な返事をした。自販機の珈琲はもう、とうに飲み終えている。 「まぁ、結婚前だから。しょうがねぇよな」  力なく笑う。そしてふと、高校時代の自分を思い出した。  似たようなことを言っている。 『まぁ、風が良くなかったから。しょうがねぇよな』  ――陸上で思うように記録が出ないと、つい、全部を風のせいにした。克服したいのに、正しく向き合えなかった。  向かい風が吹いていた。追い風がなかった。一因であってすべてじゃないことを、まず口にした。ただ結果を受け止める人間が、羨ましくもあった。  結婚前ということは、喧嘩の一因でしかない。  ……自分は成長していない。高校や大学で部活に打ち込んでいた、あのときから。  もの思いにふけりながら、雅臣は携帯を見た。午後五時四十分。若葉からの連絡はない。  かわりにスケジュールアプリの通知が、目に入ってきた。 「……やっちまった」  雅臣は空の紙コップを、専用のボックスに入れた。 「俺、仕事に戻るわ。六時からのミーティングが終わったら、速攻で帰らせてもらう」 「急にどうした」  雅臣は二度、頭を掻いた。 「今日は夜の七時半から、ケーキ屋と打ち合わせの日だった。……完全に抜けていた」  揉めていてそれどころじゃなかったと、つい口走った。
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